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2007年09月14日(金) 16時37分

放火殺人・鑑定医聴取 著者「信念持ってやった」産経新聞

 ■内容のほとんど調書引用

 少年法か、言論の自由か−。奈良県田原本町の医師宅放火殺人事件で、フリージャーナリスト、草薙厚子さんに、中等少年院送致となった長男(17)の供述調書を漏らしたとして奈良地検は14日、秘密漏示容疑で、長男を鑑定した京都市内の精神科医宅などを捜索した。同容疑での強制捜査は極めて異例。草薙さんは、調書の引用について「信念を持ってやった」としながらも、「これからはおとがめないように書く」と話しているという。

 草薙さんの著書「僕はパパを殺すことに決めた」(講談社)は、帯に「3000枚の捜査資料!」とうたう通り、内容のほとんどを関係者の供述調書の引用で占める異例の書だった。

 全253ページ。奈良県田原本町の医師宅が炎に包まれる事件の再現シーンから始まる。長男の逮捕直後の供述内容へと続き、激しい暴力を日常的に振るってきた父親の医師に、殺意を募らせる長男の犯行直前の行動や心境を明かしていく。

 さらに、父親が長男の実母である前妻にも手を上げていたことや離婚した経緯、「医者になるため」として暴力を交えて勉強を強制していたことが記される。家族のほか、小学校時代の担任教諭も供述調書の形で「証言」する。

 草薙さんは「はじめに」で、少年審判は非公開のため全容が報道されず「私が危惧するのは、事件そのものの異常性もさることながら、事件が頻発することによって人々があっという間に忘れてしまうことだ」と指摘。「事件について何かを語るためには、まず真実を知らなければならない。真実を知らなければ、加害少年の内面も分からない」としている。

 その上で、今回、調書公開に踏み切った理由を(1)少年の内面について何一つ確かな情報が報じられなかったこと(2)「家族のなかで起きた事件」であり、家族の内情を知る関係者の証言を得ることが困難なこと(3)焼死した医師の妻の両親から「真実を伝えてほしい」と求められたこと−と説明している。

 草薙さんは、関係者に「ある程度は覚悟していた。今回は信念を持ってやった。少年はこの本によって事件を起こした理由があったことが分かり、『モンスター』と見なされなくなる」としながらも、調書の公開については「意義のあるものであればやってもいいが、おとがめがないように書くだろう」と話しているという。

 また、草薙さんの本を出版した講談社学芸図書出版部は「先般の東京法務局の勧告は真摯(しんし)に受け止めており、少年法の精神を尊重して社会的意義のある出版活動を続けていく姿勢に変わりはない。今回の強制捜査についてははなはだ遺憾に思う」とのコメントを出した。

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 少年の供述調書の写しを草薙さんに渡したとされる精神科医が住む京都市左京区のマンションでは、午前6時25分ごろ、スーツ姿の係官約10人が姿を現した。うち1人がインターホンで通話。やがてオートロックのドアが開き、段ボールを抱えた係官らは無言のまま次々と中に入った。

 また、精神科医が勤務する京都市山科区の病院にも捜索が入り、病院の男性職員は「事務長が立ち会っているが、係官の人数や捜索場所などは分からない。精神科医は病院に来ていない」と困惑していた。

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 ◆「報道の自由」に

 鳩山法相が応答 鳩山邦夫法相は14日、奈良地検が秘密漏示容疑で精神科医宅などを家宅捜索したことについて「報道の自由との絡みは分からないが、一つの事件として事件性があって、どういう刑法上の問題があるか調べているのではないか」と述べた。報道の自由との関係について記者団に問われ答えた。

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 ≪権力かさに着た横暴≫

 ジャーナリスト、大谷昭宏氏の話 「この事件は受験生を持つ親にとって重要な内容で社会的関心も高く、ジャーナリストが真相に迫るのは当然だ。強制捜査は、捜査当局などの自分たちだけが知っていればいいという考えに立ったもので権力をかさに着た横暴なやり方だ。ただ取材源の秘匿は取材活動の生命線で絶対分からないようにすべきだった。今回は取材先が限られており、好意から協力してくれた鑑定医を強制捜査にさらしてしまったジャーナリストには猛省を求めたい」

 ≪医師立件の可能性ある≫

 板倉宏日本大法科大学院教授(刑法)の話 「医師や弁護士らは個人の秘密を知り得る立場にあり、秘密を守ることで成立する職業。それを漏らせば不特定多数の人に知らせることになるので、職業上秘密を守ることは必要で、立件される可能性は十分ある。ジャーナリストは、嫌がる鑑定医から無理やり調書内容を漏らさせたとなれば教唆犯に問われる可能性もなくはないが、取材側は基本的に情報を取ろうとさまざまな努力をするものだ。その可能性は極めて低いだろう」

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【用語解説】奈良医師宅放火殺人事件

 平成18年6月、奈良県田原本町の医師宅で、当時16歳で高校1年生だった長男が放火して全焼。母親と幼いきょうだいの計3人が死亡した。奈良地検は殺人や現住建造物等放火などの非行事実で長男を奈良家裁に送致。同家裁は精神鑑定を行い、長男は広汎(こうはん)性発達障害との診断結果が出された。検察側は刑事処分が相当としたが、家裁は同年10月、長男を中等少年院送致とする保護処分を決定した。

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