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2007年08月27日(月) 07時32分

闇の職安「金」で集結 名古屋の路上拉致殺害3容疑者東京新聞

 「誰でも良かった」「顔を見られたので殺した」−。ゲームで遊ぶかのような軽いノリの男たち3人に、名古屋市の住宅街で夜道を帰宅途中だった会社員磯谷(いそがい)利恵さん(31)は拉致・殺害され、手錠をかけられた姿で山林に遺棄された。「頭を50回くらいなぐった」との供述も。金に困り、似通った犯罪志向を持っていた男たちを結びつけたのは、携帯電話の犯罪サイト。わずか1週間ほど前に知り合った浅はかな3人の“逮捕”という結末は、1人が「死刑が怖くて自首した」と警察にかけた電話がきっかけだった。 

 「裏の仕事をやりませんか」。川岸健治容疑者(40)は1週間ほど前、携帯電話のサイト「闇の職業安定所」に、こんな趣旨の書き込みをした。それにすぐ呼応したのが、神田司容疑者(36)と堀慶末容疑者(32)だった。3人はその後、ファミリーレストランで落ち合う。だが、その場で名乗った名前は川岸容疑者が「山下」、堀容疑者が「田中」だった。本名で通した神田容疑者以外、互いの素性はおろか、名前すら知らない者同士の共謀は、こうして始まった。

 川岸容疑者は一時、人材派遣会社で働いていたが今は無職で車上生活を送る。堀容疑者は半年ほど前に失職、飲食店で働く女友達のマンションに転がり込んでいた。

 一方、昨年9月から朝日新聞セールススタッフになった神田容疑者。寮付きの仕事とはいえ、給料は完全歩合制で月収は平均10万円前後。夏場の外回りはきつく、最近の営業成績は伸び悩んでいたと周囲は話す。だれもが金に困っていた。

 3人が見ていたサイトには、そんな困窮者や、表には出せない「やばい仕事」を求める人たちがアクセスしていた。実際、川岸容疑者は、サイトを通じて入手した偽の運転免許証で振り込め詐欺用の口座を銀行で開き、売っていた。

 ファミリーレストランで会った3人は力の弱い女性を襲い、カードや金を奪って殺す計画を立てた。運転は川岸、拉致は後部座席の堀と神田の各容疑者が分担、おびえる磯谷さんを2人で挟んで座り、神田容疑者が中心となってハンマーでめった打ちにした。

 堀容疑者がしばしば通っていたダーツバーの店長は「明るく人気者だった」と印象を語り「その彼がなぜ」と困惑する。

 神田容疑者は、磯谷さんを殺害して遺体を岐阜県瑞浪市に捨てた直後の25日朝、勤め先の社長(46)に電話した。「2日間休んで、27日に出勤する」。その口ぶりは、動揺を少しも感じさせなかったという。

 犯行を呼びかけた川岸容疑者は県警に自首。「死刑が怖い」という理由だけでなく「磯谷さんがかわいそうになって」とも話したというが、自らの行為を悔やむには、あまりに遅すぎた。

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<朝日新聞名古屋本社販売部の話> 取引先の新聞販売所がセールス業務を委託した会社の従業員が事件を起こしたことは大変遺憾だ。今後このようなことがないよう関係先に人事管理徹底などをあらためて求めていく。

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○…幼いころ父親を病気で亡くした磯谷利恵さんは、3歳のころに現在の市営団地に移り、祖母と母の女3人で支え合って生きてきた。生活を支える母が働きに出る間は、同居していた祖母が利恵さんの面倒を、小学生になって祖母が親類方に移ると、母との二人三脚の生活が始まった。

 「おとなしくまじめで、優しい子だった」と周りの人は口をそろえる。小学校の文集では、インコのひなをもらって育て始めたことを取り上げ「しんぼう強く、かわいがって飼いたい」と、耐えることの大切さを書き残している。

 その後、県立高校から推薦で愛知大法学部に進学。最近は人材派遣会社の社員として、名古屋市中区にある大手企業関連会社で事務職として働いていたという。普段は午後7時30分ごろ帰宅の途につく利恵さんだが、事件の日に限って深夜の帰宅となった。

 近くに住む女性(66)は「数カ月前にはお母さんが『娘の結婚の話が、いい方向に進んでいるのよ』とうれしそうに話していたのに」と話し「こんなことになるなんて」と言葉を詰まらせた。

 磯谷さん宅がある千種区春里町付近は、環状に走る地下鉄の名城線と東西に延びる東山線が交差する駅が近く、市内でも人気地域の一つ。

◆ネットで共犯募集、後絶たず

 インターネットのサイトで犯罪仲間を募集するという手口は後を絶たない。「闇の職業安定所」はさまざまな非合法の仕事などを紹介。誰にでもアクセスでき、仕事の期間や性別など、条件別に求人や求職の情報が書かれている。簡単に金を稼ぐことができるような書き込みも多く、「違法行為は固く禁止」との断り書きとは裏腹に、知り合った人が犯罪に手を染めるケースが全国各地で相次ぐ。

 一方、東京消防庁の女性救急隊員が、ネットの復讐(ふくしゅう)サイトを使って不倫相手の妻の殺害依頼をした事件も同年9月に発覚。警視庁は「調査費用」などの名目で現金を受け取ったサイト管理者らを詐欺容疑で逮捕した例もある。

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 ネット犯罪に詳しい神戸大大学院の森井昌克教授(情報通信工学)は「本当の自分を知られていないので気が大きくなり『おれはこんなこともできる』という虚勢がエスカレートする。1人になってから事の重大性に気付く」と説明する。

 フリーライターの渋井哲也さんは「ネット犯罪は誰かが金を払う条件で人を集めるパターンが多い。今回は、犯罪への波長が不幸にも合った者同士が実行にまで及んだ珍しいケースだろう」と分析。「犯罪目的のサイトの対話にいたずらに参加したりメールアドレスを伝えたりしないことが重要。気が付くとグループの一員ということになりかねない」と警告する。

(東京新聞)

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2007082790073218.html