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2007年03月18日(日) 00時00分

亡き母の写真持たされ 強いられた自供 富山の冤罪男性証言 東京新聞

 富山県氷見市出身の男性(39)が強姦(ごうかん)事件で逮捕・起訴され、有罪判決により約二年間服役した後に無実と判明した冤罪(えんざい)問題で、この男性本人が東京新聞の取材に応じた。男性は県警の取り調べで“自供”に追い込まれた経緯を「取調室で死んだ母の写真を持たされ、『母に、やっていないと言えるか』と迫られた」などと証言。「疑いが晴れても、失った時間は戻らない」と心境を語った。

 男性によると県警氷見署の任意聴取に当初、容疑を否認した。しかし母親の写真を持たされるなどした上、刑事から「お前の親族が『お前に間違いない』と言っている」と追及され、「親族からも見捨てられた」と感じて容疑を認めたという。

 富山地検高岡支部の弁解録取などで再度否認したが「刑事に『何でこんなことを言うんだ、ばか野郎』と怒鳴られ、今後否認しない旨の“念書”を書かされた」という。

 男性は「調べには『はい』『うん』以外の言葉を使わないよう強要された」とも説明。そう答えているうち、サバイバルナイフとされていた凶器が、男性の自宅から見つかった果物ナイフに変えられたという。

 公判については「否認する気力はなかった。法廷で謝罪の言葉を口にした時は悔し涙が出た」。

 県警と検察は冤罪発覚後、男性に謝罪した。しかし「無実だと知って罪をでっち上げたわけではなく、取り調べの決まりも破っていない」などとして、関係者は処分しない方針でいる。

 男性は二〇〇二年三月に氷見市内で起きた強姦未遂事件をめぐり、四月に氷見署で任意聴取を受け、三回目の聴取で容疑を認めて逮捕された。同年一月に起きた別の強姦事件でも起訴され、懲役三年の判決を受けた。約二年間服役し、〇五年一月に仮出所。

 ところが〇六年十一月、ほかの事件の容疑者が、男性による犯行とされた二事件について自供した。県警は〇七年一月、男性の無実を発表している。

■無実知らず父親も死去

 「人目が怖い」−。無実の罪で服役させられた男性は、富山市内で応じた取材でそう繰り返した。冤罪なのにそれを口に出せず、仮出所後も前科者とささやかれた苦しさ。職や住居を転々とし、世間から姿を隠した。

 福井刑務所を仮出所した二〇〇五年一月、一面の雪景色が目に飛び込んできたという。「これからどう生活すれば…」。身元引受人は親族ではなく、福井市の更生施設に頼んであった。

 再出発の住まいは、六畳の和室。仕事を紹介され、ごみ選別や土木作業に出向いたが、「後ろ指さされている気がして」長続きしなかった。不安が募り、カッターナイフを手首に当てたことも。半年後に施設を出た。

 そんなある夜、思い立って故郷を目指し、電車に乗った。有り金をはたいて富山県の高岡駅までは切符を買い、そこから氷見市の故郷まで二十キロ余りを夜通し歩いた。空き家になっていた実家は鍵が掛かっていたためトイレの小窓から中に入り、水を飲んで過ごした。三日後、顔見知りの女性に頼んで米をもらい、食事にありついた。

 拘束されて最も悔いが残るのは、父親の死に立ち会えなかったことだったという。拘置所で「悲しみながら亡くなった」と聞かされ、一日泣いた。

 仮出所直後、一度だけ墓参した。「生きていてほしかった」「自分はやっていない」。墓の前で話しかけたという。

 誤認逮捕された男性を、検察官も弁護士も裁判官も救えなかった。男性は「弁護士は真剣にやってもらいたかった。裁判官には、調書をおかしいと思わなかったか聞きたい」と話した。

(富山支局・林啓太、北陸報道部・加藤裕治)


http://www.tokyo-np.co.jp/00/sya/20070318/mng_____sya_____008.shtml