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2007年03月17日(土) 00時00分

川口園児死傷事故 懲役5年朝日新聞

◇遺族「無罪に等しい」

 川口市の園児死傷事故で、業務上過失致死傷罪に問われた井沢英行被告(38)に最高刑の懲役5年の実刑が言い渡された。遺族は判決後「裁判官は遺族の気持ちを十分わかってくれたが、5年では無罪に等しい」と胸中を語った。被告は控訴しない方針で、公判は2カ月足らずで終わる見込みだ。公判を見守ってきた遺族は「被告を見る苦しみからやっと解放された」と疲れ切った表情を見せた。

◇判決、法の限界示唆 被告は控訴しない方針

 「危険な運転なのに、危険運転致死傷罪に当てはまらない、法の不備が明らかになった」

 判決言い渡し後、盛山陽南子(ひなこ)ちゃん(当時3)の父哲志さん(26)はそうもらした。「事故の状況は十分に危険なのに、危険運転致死傷罪を適用できない、裁判官のジレンマが伝わってきた」

 裁判長は「無謀で危険な運転行為が唯一の原因。過失は、危険運転致死傷罪と実質的危険性において差異はない」とまで述べた。しかし「懲役5年という法定刑の上限をもってしても、被告の罪責を評価しきれない」とも指摘し、現行法の限界を示唆した。

 事故から半年、娘を失い、つらい日々を送ってきた遺族は、会見でも沈んだ表情で感想を口にした。

 「懲役5年は、無罪に等しい」と話した福地悠月(ゆづき)ちゃん(当時5)の父禎明(よしあき)さん(37)は、真っ赤な目で思いを打ち明けた。公判は4回で終わった。「たった2カ月で、悲惨な事故の真実が語られることはもうなくなってしまう」と声を落とす。一方で「反省の態度が感じられない被告を見たり、発言を聴いたりするたびに苦しめられた。やっと解放された」。

 ただ、「被告は、本当に子どもたちに気づかなかったのか」という発生当時から抱いていた疑問は解決できなかった。

 今後も遺族は署名活動を続ける。「法の抜け穴によって、同じ犠牲者を二度と出さないため」という。

 99年、東名高速の事故で娘2人を失った井上郁美・保孝夫妻も法廷の外で判決を待った。郁美さんは「厳しい刑を言い渡したくてもこれが限界。もっと細かい類型を作り、裁量の幅を広げた方が良い」と述べた。

 近くの公園に向かう途中で事故に遭った小鳩保育園。事故後は、それまで散歩で通っていた5、6カ所の公園のうち、遠くに行くことをやめた。ヘルメットをかぶり、園に近い公園に行くようになった。

 被告の車にはねられ重い後遺症が残ったり、いまでも車を怖がったりする園児もいるという。

 この日の判決で、裁判長は園児を引率していた保育士が事故後「悲しいとかうれしいという感情を持つことが出来なくなった」などと話していたことを明らかにした。

 判決要旨は次の通り。

 ■事案の概要(略)

 ■被告の責任を基礎づけるべき事情

 (1)被告は、カセットテープを入れ替えるため、助手席に視線を向け、脇見運転を続け右手のみでハンドル操作し加速させた。運転者として最も基本的な前方注視義務や道路適正保持義務に違反した。さらに、通行人らの安全を自らの身勝手な都合でことさら無視し、相当の距離や時間にわたり、車を走る凶器として暴走させたという無謀運転の極みで、危険かつ悪質極まりない。事故は、無謀な運転を繰り返す被告の根深い運転性癖の発露というべきだ。

 (2)園児や保育士は、車両の通行の妨げにならないようできる限りのことをし、車の通過を待っていた。事故の状況は凄惨極まりなく、全く落ち度の認められない園児4人を死亡させ、17人を負傷させた結果は余りにも重大である。

 (3)運転しながら助手席のヘッドホンステレオを操作すべき緊急性も必要性もなく、犯行に至った経緯や動機に酌むべき事情は皆無である。

 (4)事故後、救護活動などを一切行おうとせず、犯行後の対応は劣悪だ。慰謝の措置も不十分極まりない。公判で遺族らの前で、社会復帰後に再び自動車を運転したいと述べるなど、真剣な反省の姿勢をうかがうことは困難だ。

 ■被告のためにくむべき事情

 車は被告の父が経営する会社の所有であり、任意保険から被害者らに一定の給付がされている。被告は当初、事故や刑責の重大さを全く自覚していなかったが、その後、態度を改め、謝罪の意思を鮮明にするに至り反省を深めつつあることがうかがわれる。

 ■量刑の判断

 危険運転致死傷罪は故意犯であるのに対し、業務上過失致死傷罪はあくまで過失犯で、両者の犯情は明確に区別すべきだ。同罪の過失行為のうち、危険運転致死傷罪の構成要件とされる危険運転行為と実質的危険性に差異のないものについて、社会的非難が高まりつつある。

 被告の運転方法は、人や車両の有無を確認することなく、重大な危険を生じさせる速度で交差点内に進入するという、危険運転致死傷罪における危険運転行為の一類型と実質的危険性において差異のない極めて危険かつ悪質なものだ。

 1回の事故で多数の死傷者が出ても、被害者ごとに成立する業務上過失致死傷罪は、あくまで法定刑の枠内でしか量刑できない。危険運転致死傷罪と実質的危険性に差異のない過失行為で多数の被害者が死亡したような交通事犯に対する量刑は、法定刑の上限である懲役5年に張り付くほかはない。被告のためにくむべき事情がある程度認められても、量刑を下げる要因とはなり得ないと解するのが相当だ。

 懲役5年という業過致死傷罪の法定刑をもってしても、これに対する社会的非難、被告の罪責を評価しきれない事案と認められる以上、懲役5年の量刑は誠にやむを得ないと認められる。

 ■結論

 本件は、多くの交通事故の中でも、過失行為の危険性や悪質性が際だっており、被害結果も悲惨で痛ましい事案だ。遺族らの被害感情は峻烈(しゅん・れつ)だ。しかも被告の無謀で危険な運転性癖には根深いものがあり、事故は起こるべくして起こったともいえる。被告の罪責は余りにも重く、くむべき事情を最大限考慮しても、現行法上可能な最高刑をもって臨むほかはない。

◇生活道路に段差つけ事故減  久保田尚・埼玉大教授

 住宅街の生活道路に段差をつける「ハンプ」を使って事故を防ぐ取り組みが県内でも広まっている。事故対策に詳しい、埼玉大工学部の久保田尚教授(都市交通計画)によると、04年に朝霞市を始め4市で導入したところ、設置前後の1年間で計18件あった事故が4件に減ったという。

 ハンプは車道を凸型に盛り上げ、車の速度を抑制する。70年代から欧州で研究が始まった。当初、形に問題があり、車が通ると大きな振動と騒音がするため、普及しなかった。

 その後、ゴム製ハンプが考え出された。実験では車が通過する時の速度も、平均35・6キロから25キロになったという。

 久保田教授は「車が減速しない限り、交通事故は減らない。信号や標識だけでは悪質な事故を防ぎきれない」と指摘する。

 ハンプを信号のない交差点などの一時停止標識の手前に設置することが有効だという。一つのハンプ設置にかかる予算は70万円程度だが、数百万円する信号機よりも安価ですむ。一刻も早く普及させ「ハンプを見たらあらかじめ減速するのが当たり前になることが大事だ」と教授は話す。

◇速度の規制 8割「必要」  川口商議所調査

 速度規制がない道路の法定速度が60キロだと知っている人は半数——。園児死傷事故を受けて、川口商工会議所は16日、生活道路について川口市内のネットモニター159人にアンケートした結果を発表した。8割の人が速度規制が必要と回答したという。

 同商議所は毎月、モニターにテーマを決めてアンケートしている。先月は生活道路について聞き、117人(回答率73・6%)が答えた。

 回答では、速度規制のない道路の最高速度が自動車60キロ、バイク30キロと知っていたのは50%、知らない人は46%だった。80%は市内すべての生活道路で速度規制が必要と答え、そのうち59%は自動車、バイクとも30キロ規制がよいと回答した。

 規制については20キロや徐行義務など環境に応じた対応を望む意見があった。また、生活道路にもガードレールの整備を望む意見が多かった。

 事故があった生活道路は事故当時、速度規制がなく、法定速度は60キロだった。

http://mytown.asahi.com/saitama/news.php?k_id=11000000703170001