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2007年03月14日(水) 00時00分

店の灯ともし50年 名曲喫茶「でんえん」朝日新聞

 東京都国分寺市にある名曲喫茶「でんえん」が、今年50年の節目を迎えた。店主の新井富美子さん(79)は25年前、マスターだった夫を亡くし、その遺志を受け継いだ。気づいてみれば長い歳月。「訪ねてくれる人がいるうちは店の灯を消せません」。温かな気遣いが客の心に響いている。(石川幸夫)

 国分寺駅北口からほど近い小さな路地。石造りの外観と切り絵風の看板が目印だ。昨年夏、地元の早稲田実業が夏の甲子園を制し、商店街は久しぶりの熱気に沸いた。

 「でんえん」が開店した1957年も、町は活気にあふれていた。レコードが高価だった当時、1杯のコーヒーとクラシックの名曲が楽しめる名曲喫茶は若者たちでにぎわった。国分寺周辺には若い漫画家が多く住み、店内で作品づくりをめぐって互いに議論を交わす光景がしばしば見られたという。

 25年前、不幸が襲った。マスターとして店を切り盛りしていた夫の熙盛(きせい)さんが62歳で亡くなったのだ。だが店の大家さんは「続けるのならばいつまででも」と言ってくれた。

 富美子さんは「5年も店を守れば供養になる。それから店を閉じよう」と考え、夫の遺志を継いで店を続けた。

 しかし、歳月はあっという間に過ぎた。「気づいてみればあれから25年にもなったのですね……」

 店内は、今も開店した50年前と大きく変わっていない。天井から下げられたシャンデリアは一升瓶とガラス製の皿を使ったもの。壁のライトを覆う青いかさはよく見るとプラスチック製の風呂おけだ。

 一方で、レジスターとストーブはそれぞれドイツ製と米国製。数年前、レジスターが壊れて修理を頼もうとしたところ製造元がすでになくなっていることが分かった。ストーブは今も健在だ。これらすべてが、1200枚を超えるレコードの名盤とともに店の歴史を見続けてきた。

 忙しかった当時、店には常時3人の女性アルバイトが働いていた。その女性たちのスナップが店に保管されている。それを知ると「あのころの彼女を思い出したい」と、頼んで写真を見せてもらう客もいるのだという。

 レトロな雰囲気の店内には、なじみ客だけではなく、現役の大学生も訪れ、手作りのチーズケーキをほおばっていく。

 10日夕、店内にアコーディオンの音色が響いた。演奏家の三上ヤスヒロさんによる「春の声」と題したコンサート。客席には演奏を聞きに来た客やなじみの姿も。注文の品を出し終えた富美子さんもいすに座って耳を傾けた。

 「お店に立つことが生活の張りになっています。訪ねてくれる人がいる限り、店の灯は消せません」

http://mytown.asahi.com/tama/news.php?k_id=14000000703140002