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2007年03月13日(火) 00時00分

骨抜きにされた県議たち/苦悩の選択朝日新聞

 県議会の会派「新風21」は現在、民主党籍を持つ3人と、労組出身の3人。4年前、全員が連合徳島の推薦を受けて当選した。同じ年の知事選で飯泉嘉門(46)に敗れた前知事、大田正(63)も県議時代に所属していた。

 飯泉知事誕生から2カ月後の県議会。新風21の最長老、榊武夫(75)は、代表質問に立った。県民環境部長時代の飯泉は大田が最も信頼を寄せた腹心。夜の街では、飯泉のピアノ伴奏で大田が歌う仲だった。それなのに、知事選に打って出た飯泉は、榊にとっては裏切り者だった。「下克上の時代をほうふつさせる。明智光秀以上に計算し尽くしたものだったのか」

 自公の推薦を受けたことにもかみついた。「古い利権体質を持った支援団体とのしがらみはないのか」。最後は、「県民に信頼される清潔な県政運営に疑問符を付けざるをえない」と断じた。

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 しかし、飯泉は県議会との摩擦をうまく減らしていく。「言語明瞭(めいりょう)意味不明」と批判されながらも、議会では、巧みに答弁をかわした。徳島市のマリンピア沖洲2期事業について、全面埋め立てはしないと、大田路線の継承を約束。吉野川の第十堰(ぜき)問題でも、「可動堰以外の方策の検討」を打ち出した。いずれも自民系会派には逆らう形となったが、脱政党のイメージ作りには効果的だった。

 就任1年後には、新風21にも歩み寄り、意見交換の場を定期的に持つことを持ちかけた。県議会が近づくと、徳島市内のホテルの会議室で30分ほど、コーヒーを飲みながら懇談する。それは、自民系3会派などと同じ「知事与党」としての扱いだった。

 災害時を想定したコンビニとの提携、間伐材を利用した木製ガードレールの設置……。新風21のアイデアを、飯泉は「あっ、それいいですね」と歓迎し、施策に盛り込んだ。

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 野党の立場を明確にして対立姿勢を貫くより、飯泉が掲げる「県民党」の一員になって影響力を持った方が、自分たちにとっても支援者にとっても都合がいい。いつしか、そんな空気が会派内を支配し、民主党県連の会議に、県議はあまり顔を出さなくなった。県連幹部は「県議は骨抜きにされてしまった」とあきれた。

 飯泉が再選に向け出馬表明した直後の代表質問。新風21副幹事長の冨浦良治(53)は「心よりご健闘をお祈り申し上げる。日本一開かれた県政は徳島であると評価される妙案を発信していただきたい」とエールを送った。

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 組合員約3万7千人の連合徳島は、党員と「サポーター」を合わせて約1600人の民主県連の選挙を支えてきた。前回の知事選では、勝手連とともに労組出身の大田をもり立てた。

 民主党本部と同様、連合の中央執行委員会は、今回の統一選で自公の推薦候補との相乗りを原則禁止している。だが、連合徳島会長の藤原学(55)は「地方にはそれぞれの事情がある。4年間の実績を考えると、飯泉さんを推薦しない方がおかしい」と言い切る。

 新年。新風21の議員は、県議選に向けて事務所開きの準備を始めた。すぐにも会派として「飯泉推薦」を決める勢いだった。その様子を横目に見ながら、連合も腹を固めた。1月11日、藤原は、党県連幹事長の橋本幸子(59)に携帯電話で連絡した。「推薦しますよ」「わかりました」。やりとりは短かった。

 数時間後の連合徳島の新年互礼会。藤原は「県職員との労使関係も良好と聞いている。代表幹事会で飯泉さんの推薦を内定しました」と発表した。最前列にいた飯泉は満面の笑みを浮かべた。(敬称略)

http://mytown.asahi.com/tokushima/news.php?k_id=37000000703130003