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2007年03月13日(火) 00時00分

司法制度のはざまで・上/公選法違反事件朝日新聞

 窓が一つあるだけの6畳ほどの留置場。朝6時に起床し、午前7時の朝食が終わると10時ごろから取り調べが始まる。正午から1時間のお昼休憩を挟んで、午後5時まで続く。1時間夕食をとった後、さらに夜8時前まで調べられる。終了後間もなく消灯し、翌朝にはまた事情聴取——。
 03年県議選をめぐる公職選挙法違反事件で逮捕された志布志市志布志町の会社員、藤山忠さん(58)の毎日はほぼこのような状態だった。逮捕された同5月13日から同9月下旬まで、勾留(こう・りゅう)されていた鹿児島中央署の留置場で取り調べが続いた。「一体、いつまでこんな状態が続くのか」
 狭い留置場で食事を取り終えると、署内のすぐ近くの取調室で事情聴取が始まる。取調室は四方を白い壁に囲まれた3畳ほどの広さで、明かり取りの小窓は一つ。固いパイプイスに座らされ、机越しに捜査員2人と向き合う。
 「認めれば、すぐにここから出られる」「認めないと、地獄に行く」
 早い時は午前9時半から、遅い時は午後8時半まで調べられた。捜査員は机をたたくなどし、容赦ない言葉を投げつけたという。
 「警察に何を言っても無駄だと思い、容疑を認めることにした」。藤山さんは、「自白」に至った理由を語る。
     ◇
 容疑者が逮捕され勾留が決まると、拘置所へ収容されるのが原則だ。拘置所は警察署とは別の場所にあり、職員の管理の下で決められた時間に食事や睡眠を取る。取り調べはそれ以外の時間に、拘置所の取調室へ警察官らが赴いて行うことになっている。
 だが、実態は98%が、例外である警察署内の留置場に収容される(04年)。代用監獄と呼ばれ、日本弁護士連合会は「容疑者を24時間、警察の管理下に置くことで、いつでも取り調べをできるようにしている。虚偽の自白が生まれる恐れが高い」と批判している。
 03年県議選をめぐる公選法違反事件で「自白」した6人の取り調べ時間は1人平均550時間を超え、最も長かった藤元いち子さん(53)は約737時間に及んだ。そのほとんどは勾留場所の警察署で行われた。
 藤元さんは弁護士の助言で、逮捕後の03年4月29日から取り調べの様子を大学ノートにつけ始めた。
 「あなたわ けいじさんに何んかいもうそおゆうから 何んかいもたいほする(中略)いまのあなたにわ ぶつだんにてをあわせておがむことわできないといわれました」
 弁護側の狙いは取り調べの状況を記すことで、自白の強要があったことを裁判の証拠に使うことだった。だが、ノートは留置場のロッカーに預けられ、出し入れは警察官に頼まなくてはならない。ボールペンも警察官が管理し、自由に使えなかったという。藤元さんは「警察が自殺を防ぐため、と言ってボールペンは少しの間しか借りられなかった。取り調べが終わったら、とにかく忘れないうちにあわてて書き込んだ」と振り返る。
 しかも、県警はノートの存在を察知すると、差し押さえてしまった。ノートの記述は5月27日が最後になっている。捜査関係者は「留置の担当の警官が、取り調べの刑事にノートをつけていることを教えた」と話す。
 ある警察関係者は明かす。「勾留と取り調べは分離することが原則。だが、現場では取調官が留置管理の担当者に容疑者の状況を聞き出すことが常態化している」
 代用監獄制度は、自白の強要を生む恐れだけでなく、被告とされた人たちがそれを証拠立てる材料さえ奪う危険性をはらんでいる。

     ◇
 無罪判決が確定した03年県議選をめぐる公選法違反事件では、被告とされた人に対する最長で395日に上る長期勾留や度重なる接見禁止下での事情聴取があったことが明らかになった。勾留や接見禁止はいずれも裁判所が許可したものだ。この事件の過程を追うと、県警による“暴走”とも言える取り調べばかりでなく、「司法制度のはざま」にある問題もかいま見えてくる。

http://mytown.asahi.com/kagoshima/news.php?k_id=47000000703130001