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2007年03月11日(日) 00時00分

東京慕情 昭和三十年代の風景<23> ゴジラ伝説  ゴジラの中島春雄さんに演技指導する円谷英二特撮監督。セットは破壊された大阪=昭和30年作「ゴジラの逆襲」撮影現場で 東京新聞

 「ゴジラを演じるのは想像を絶する重労働だった。なにしろ重さ百キロを着るんだから。汗は噴き出すし体重は激減して…」

 日本映画が誇る不滅のヒーロー「ゴジラ」第一作(昭和二十九年東宝、本多猪四郎監督)からゴジラを演じ続けた“陰の主役”は今も神奈川県相模原市で元気にお暮らしだった。俳優の中島春雄さん(78)。役を降りて三十四年になるが、今なお講演依頼や世界中からファンレターが来るという。「ゴジラはまさに私の分身。今もカチンコが鳴ってゴジラの私が暴れる場面を夢に見るんですよ」

 第一作の誕生は今から五十三年前、日本が戦災から復興に向けて歩み始めたころだ。核実験で悠久の眠りを破られた深海の大怪獣が東京に上陸して街を破壊する物語。故円谷英二の特殊撮影はファンを驚かせゴジラブームを高めていく。以来平成十六年まで二十八本。観客動員はざっと一億人。世紀の大スターへと進化したのである。

 ゴジラのヒットは円谷特撮監督の技術に負うところが大きいが、忘れてならないのは着ぐるみに入って熱演した歴代の俳優たちだ。まさに顔を隠した“黒子”の主役である。中でも初代ゴジラの中島さんは昭和四十八年の十三作「ゴジラ対メガロ」までかかわったゴジラ演技の先駆者だ。俳優学校を出て東宝に入ったのは昭和二十五年。同期には今は亡き丹波哲郎がいた。

 同二十九年、第一作が決まったとき突然、中島さんにゴジラ役が回ってくる。「まだ怪獣の名が決まらず台本にはG作戦と書かれていた。怪獣をどう演じればいいのか。円谷さんに聞いたら、オレもわからん、キングコングを見て考えろと。それで動物園に通ってゾウやクマの歩き方を見て研究したんです」

 なぜゴジラと名付けられたのか。一説に東宝小道具係にゴリラとクジラに似ているためグジラと呼ばれる男がいた。怪獣の名前に悩んでいたスタッフがその話を聞いて「これだ」とひらめき「ゴジラ」が誕生したそうだが、これほど観客を喜ばせるとは誰が思ったろうか。

 当初のゴジラは生ゴム製で重量は百キロ、中は六〇度にもなった。まさに灼熱(しゃくねつ)の地獄。おまけに撮影ライトが強烈な熱を放ちゴムの表面が焼けるように熱かった。ある時、撮影中に雨が降ってきたので見上げると天井のスタッフ連の大汗だった。その下には円谷監督がいて、そこだけに氷柱があったという。

 「歩くのも向きを変えるのもひと苦労、格闘にはものすごい体力を消耗した。合間にヤカンの水をゴクゴク飲んだね…」

 円谷監督は温和で、ブラックコーヒーとたばこが好きだったが、撮影は大胆だった。

 「ある作品で、ゴジラがロケットで攻撃されるシーンがあったが実際に小さなロケットでねらい撃ちしてきた。ベニヤやムシロを貫通する危険なシロ物だったが手加減もない。毎回命懸け、すごかったですよ」

 第一作の観客は実に九百四十万人。渋谷の封切りを見に行くと数百メートルも並んでいて「いや驚いた」という。後で聞いたら円谷監督も心配して見に行ったそうだ。そのころ東宝は左前で暗雲が漂っていたがゴジラと「七人の侍」が大当たりして危機を脱していったという。

 中島さんが映画を去ったのは十三作目が終わった昭和四十八年だ。三百五十人もの人員整理があり、ベテランの多くは映画を離れていく。「映画一筋だったからさみしかった。体力的にもまだゴジラをやる自信はあったけど、これも時勢かと…」

 自宅には第一作からの脚本やゴジラグッズ、ファンレターが山のように保管されている。どれも中島さんが歩んできたゴジラ人生の大切な証しである。

 思えば、ゴジラは戦後日本の歩みそのものでもあった。復興期に生まれ、成長期に大暴れして平成へ…。円谷一家の助監督で、後にゴジラ映画を監督した中野昭慶さん(71)は振り返る。

 「三十年代の日本は活力と知恵にあふれ、世界に羽ばたいた時代だった。映画も傑作が生まれ、世界に名だたるスタッフが生まれた。黒沢明監督や円谷英二や。映画が本当に元気な時代。ゴジラはそんな爆発の時代に生まれ、その後の日本の明暗を歩んでいった…」

 誕生以来、半世紀以上が流れたが、ゴジラを超えた怪獣はいまだ世界に現れていない。

  (田中哲男・編集委員)

<あのころ> 多くの女性の感涙をしぼった岸恵子、佐田啓二主演の映画「君の名は」で有名になった銀座数寄屋橋が昭和32年7月、高速道路建設のため取り壊された。後にこの名所を惜しみ菊田一夫による碑が近くの小公園に建てられた。「数寄屋橋此処にありき」と。


http://www.tokyo-np.co.jp/00/thatu/20070311/mng_____thatu___000.shtml