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2007年03月09日(金) 00時00分

人の心とらえる感動実話 人気コーナーを単行本化『車いすのパティシエ』 東京新聞

 ラジオ発の単行本「車いすのパティシエ」が話題を呼んでいる。ニッポン放送の生ワイド番組「うえやなぎまさひこのサプライズ!」(月−金曜午前8時30分)の人気コーナー「10時のちょっといい話」で紹介された実話を収録した本だ。発行部数は十万部を突破。心に響く数々のエピソードに感動の輪が広がっている。 (山田晴子)

 「10時のちょっといい話」は、パーソナリティーの同局アナウンサー・上柳昌彦さん(49)が、市井の人をめぐる感動秘話などを紹介する人気の朗読コーナーで、二〇〇二年十月の番組スタート以来、既に千話を突破。番組ファンの出版社(扶桑社)スタッフからの熱烈なアプローチを受けて、二十三話をピックアップして昨年十一月、書籍化へとこぎつけた。

 本に収められたのは、病気で両脚を切断した後もケーキ作りに励む職人のことをつづった「車いすのパティシエ」、天国の息子へ手紙が届くよう父親が墓の横にポストを建てたという「郵便ポストのお墓」、歩けない人のために作られた介護靴にまつわる話を書いた「おばあちゃんの靴」など、実話ばかりだ。

 出版以来、局には反響の投書が絶えず、障害のある子どもを持つ母親は「私なんか、まだまだへこたれていられない。できることがいっぱいあるんじゃないかと前向きになった」、腎不全で人工透析を週三回受けている三十代半ばの女性は「病気になってダンスをやめようと思っていたけど、ここであきらめちゃいけないと思った。これからも踊り続けたい」と思いを寄せた。

 人の心を引きつける実話を、どのように発掘したのか。担当のラジオ作家の一人、水野克紀さんは「ネタの素材は口コミや番組に寄せられたもの、新聞、テレビのニュース、飲み屋で耳にした話などさまざま。頑張っている人、苦しみを乗り越えた人、苦労を抱えている人…表面にはなかなか浮かんでこない、よりすぐりの話を探る。対象を見つけたら、すぐに取材を重ね、原稿を書き上げていく」と説明。「何かに命懸けで取り組んだりしている人もいる。たった六、七分の短い時間で、その人のすべてを語れるのかなと申し訳なく思うときも」と胸の内を明かした。

 出版にあたり、ショッキングな現実にも直面した。タイトルになった「車いす〜」の男性が、発売日の二カ月前に四十代の若さで病死したのだ。「障害者の弁論大会を開きたいとか、車いすで入れる公共施設の地図を作りたいとか、具体的なプランをいっぱい持ったパワフルな人でした。残念でたまらない」と水野さん。

      ◇

 水野さんらが精力的に取材した実話には、上柳さんの朗読で“命”が吹き込まれる。水野さんは「文章が上柳さんの声を通して音になることによって、リスナーの中に映像が動きだす。単なる読み物として出した本だったら売れなかった。ラジオで語られる言葉そのままで書かれ、文字を読んでいると声が聞こえてくるという感想をたくさんいただく。これがラジオから生まれた本の特性なのです」と言い切る。

 “語り部”としてコーナーを支えてきた上柳さんは「リスナーに感情を押しつけたくないから、常に淡々と読もうと心掛けている」といい、「(作家が)取材中に僕が立ち入らないようにしているのも、あれも言いたい、この人のここが大事じゃないとか思い始めると、読んでいてどんどん迷っていくから。原稿も事前にさらっと黙読する程度。本番で読みながら、リスナーの目線に立って聴いている感覚」と続けた。

 単行本の第二弾も待ち望まれるが、上柳さんは「殺伐とした事件が相次ぐ時代に嫌気を感じるからこそ、感動話を渇望している人は多い。こういう本がなくたっていい時代になればね」と、苦笑しながらつぶやいた。


http://www.tokyo-np.co.jp/00/hog/20070309/mng_____hog_____000.shtml