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2007年03月08日(木) 00時00分

『ほのぼの君』と佃さん半世紀 資料などの書籍が並ぶ仕事場で「ほのぼの君」について語る佃公彦さん=東京都港区南青山で 東京新聞

 「最近は昔のようにアイデアが出てこなくて、毎日、剣が峰に立たされている心境。原稿を取りに来る担当者の靴音が聞こえると心臓がドキッとしちゃってね。一本描き終えると、鶴の恩返しのようにぐったりして。今はホッとしたような、寂しいような気持ちです」。佃公彦さん(77)は、ここ数年、直腸がん、腹部大動脈瘤(りゅう)の手術で休載したこともあったが、そのたびに復活。だが昨年暮れ、パーキンソン病を発症し、薬の副作用で手がしびれ、ペンが持てなくなったことが降板の直接的な理由となった。 

 東京新聞との出会いは、半世紀も前。漫画雑誌に「ほのぼの君日記」を描いていた新進漫画家の佃さんに、朝刊発行を計画中の東京新聞の文化部が「こんな漫画を」と頼みにいった。当初は“無声漫画”だったが「せりふがないため表現が行き詰まって」七年目に中断。充電期間をおいた後、一九七〇(昭和四十五)年からせりふ入りの「ちびっこ紳士」として再開。この時から中日新聞、北海道新聞、西日本新聞にも掲載されるようになった。そして五千回に達した翌日から、また「ほのぼの君」に。

 その後、二〇〇一(平成十三)年には一万三千六百十六回に達し、故加藤芳郎氏(毎日新聞夕刊「まっぴら君」)が持つ最長記録を突破。〇四(同十六)年には第三十三回日本漫画家協会大賞を受けた。

 「まさか、ここまで続くとは思わなかった。この五十年間、長い旅行にも行ったことがない。連載開始当時は二十六歳だった僕も、もう喜寿。そろそろやめても許されるかな」と、連載の終了を決断した。最終的に到達した一万五千四百五十一回の記録は、現役の東海林さだお氏(毎日・朝刊)が今のペースで描き続けても到達するのに十二年かかるという金字塔だ。

 佃さん、本当にお疲れさまでした。「ほのぼの君」は永遠に読者の胸に−。


http://www.tokyo-np.co.jp/00/sya/20070308/mng_____sya_____010.shtml