記事登録
2007年03月07日(水) 01時59分

3月7日付・編集手帳読売新聞

 喜劇役者の古川ロッパは巡査に車の停止を命じられ、免許証を調べられた。終戦の翌年、大晦日(おおみそか)の夜である◆「仕事の帰りです」と言うと、「そうですか、ご苦労さま。いま、除夜の鐘が鳴っていますよ」、巡査はそう告げた。ロッパは日記に書いている。「日本はよくなる。いゝなあ、巡査が人間のことばを言ふやうになった」と(晶文社「古川ロッパ昭和日記」)◆威嚇と弾圧を旨とする戦前の警察制度が改められたのは、それから1年余り後である。大晦日の巡査氏は法改正の心を先取りしていたのだろう。先取りする人がいたかと思えば、いまなお昔を引きずる「化石」のような警察もある◆警察の自白調書を脅しと誘導によるでっち上げの「作文」と認定し、12人の被告全員に無罪を言い渡した先日の地裁判決について、検察側が控訴を断念する意向を固めたという。4年前の鹿児島県議選をめぐる選挙違反事件である◆家族の名前を書いた紙を踏ませて神経を参らせる“踏み字”といい、「高校生の娘も逮捕するぞ」の脅迫といい、常軌を逸している。「日本はよくなる」というロッパ日記の記述には、「一部地域を除く」と但(ただ)し書きが要るだろう◆捜査の洗いざらいと、責任の所在と、心からの謝罪と、鹿児島県警は遅ればせながらも「人間のことば」で語らねばならない。

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20070306ig15.htm