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2007年03月05日(月) 06時03分

「『はい』以外言うな」 富山の冤罪男性に取調官朝日新聞

 強姦(ごうかん)と強姦未遂事件で逮捕され実刑判決を受けた富山県内の男性(39)が約2年1カ月の服役後に冤罪とわかった問題で、男性が朝日新聞の取材に応じた。逮捕直後に自供を覆し容疑を否認したが、県警の取調官から「なんでそんなこと言うんだ」と怒鳴られ、「今後発言を覆さない」旨の念書を書かされたという。公判でも認め続けたことには、「何を言っても通用しないと思い込まされてしまった」と悔しさをにじませた。

 男性は02年3月に起きた強姦未遂事件で県警から同4月に任意の取り調べを受けた。当初否認したが、聴取3日目に自白。県警は男性を逮捕した。当時、同居していた父親は入院中で、一人暮らしだった。

 男性によると、任意の取り調べの際、取調官から「家族が『お前に違いない、どうにでもしてくれ』と言っている」などと何度も迫られた。「犯行時間帯には電話をかけていた」と訴えても、取調官は「相手は電話を受けていないと言っている」と認めず、「家族にも信用されていないし何を言ってももうだめだ」という心境になったという。

 逮捕後、思い直して、検察官と裁判官に対し一度は否認した。その後、県警の取調官から「なんでそんなこと言うんだ、バカヤロー」と怒鳴られた。翌日、当番弁護士にも否認した。すると、取調官から白紙の紙を渡され、「今後言ったことをひっくり返すことは一切いたしません」などと書かされ署名、指印させられた。「『はい』か『うん』以外は言うな」と言われ、質問には「はい」や「うん」と応じ続けたという。

 起訴後の弁護士は国選で、数回やりとりをしたが、すでに取り調べで罪を認めざるを得ないと思い詰めていた。「否認しても信じてもらえない」と、公判でも一貫して認め続けた。

 男性は「誰かが、がんばれがんばれと言い続けてくれたら、がんばることができたかもしれない」と無念さをにじませた。判決を言い渡され「申し訳ございませんでした」と言ったが、「やってもいないのに、何でこんなことを」と悔しくて涙が出たという。

 05年1月の仮出所後、周りから前科者と白い目で見られているようでつらかった。職も居場所も転々とした。自殺しようとしたこともあった。

 一番つらかったのは、判決前に、入院中だった父親を亡くした時だ。拘置所に面会に来た人に「お父さんは悲しんで死んでいった」と言われ、一日中泣き続けた。1月の無実判明後、地元には帰っていない。騒がれ近所に迷惑をかけてしまうと思うからだ。「墓前に無実を報告していないので、早くしたい」

 県警や富山地検はそれぞれ「故意または重過失ではない」「職務上の義務に反したわけではない」と、当時の捜査関係者を処分しない方針を示している。

 男性は「処分しないと聞いたときは腹が立った。処分がないというのは、『間違った取り調べをしていない』と僕に対して言っているのと同じ」と話した。県警の謝罪に対して「失った期間は戻って来ない」と答えたという。

     ◇

 〈キーワード:富山冤罪事件〉 富山県警は1月19日、懲役3年の実刑判決を受け服役した県内の男性(39)が無実だったと発表。これらの事件の容疑を認めた松江市、無職大津英一被告(51)=公判中=を再逮捕した。県警と富山地検は「客観的証拠はなく、自白の裏付け捜査が不十分だった」と認め、男性に謝罪。富山地検高岡支部は2月9日、富山地裁高岡支部に男性の無罪を求める再審を請求した。今月2日の公判で、大津被告は2事件について起訴事実を認めた。

http://www.asahi.com/national/update/0304/TKY200703040205.html