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2007年03月03日(土) 00時00分

医者のタマゴは都会志向?朝日新聞

 授業料全額を肩代わりしたうえに月10万円の生活費支給——。県が徳島大学医学部生を対象に新年度から始める「医師修学資金貸与事業」だが、好条件にもかかわらず、応募はなかった。地域医療を担う人材育成が目的の思い切った支援制度だが、条件にある「一定期間の県内勤務」がネックになっているようだ。「県外に出て多くの経験を積みたい」という若い学生たちの意欲が背景になっているとあって、関係者の思いは複雑だ。

(松谷慶子)

 この制度では、医学部生の入学金28万2千円、毎年の授業料全額にあたる53万5800円、さらに毎月10万円の生活費を支給し、総額は最大6年間で1千万円以上。しかも、卒業後、支援を受けた年月の1・5倍の期間を徳島大学病院(徳島市)や徳島赤十字病院(小松島市)、町立半田病院(つるぎ町)、県立海部病院(牟岐町)など、指定された県内の公立病院に勤務すれば、返済は全額免除するという学生にとっては非常に有利な内容になっている。

 県は、募集人員10人で総額1792万円を計上している。

 「手厚い支援」に踏み切った背景には、県内の深刻な医師不足がある。県内の医師数は対人口比では全国1、2位。しかし、面積あたりでみると30位と、「広さの割に医師が少ない」という実態がある。しかも、医師の6割が徳島、鳴門両市周辺に集中する。

 そのため、県南部や山間部は医師不足が際だっている。医師の分布を保健所管内別でみると、県南部の美波保健所管内には全体の3%、四国一広い自治体の三好市を抱える三好保健所でも5%にとどまる。

 実際に美波管内の海部病院(牟岐町)では、昨年夏、たった1人の産婦人科医だった男性医師が激務で辞職。産科医がゼロになった。穴を埋めるため、県病院局は徳大病院に依頼し、交代制で代わりの医師を派遣してもらい、何とかやりくりしているのが現状だ。

 さらに、04年度から導入された臨床研修制度により、都市部の徳大病院にさえ医師不足の影がしのびよる。この制度は国家試験に合格したばかりの医師が2年間、現場に出て内科、外科など7科目を横断的に学ぶもので、全国どこの病院でも研修医として勤務することができる。徳大病院では、導入前は卒業生が慣例的に大学に残ることが多かったが、制度によって選択肢が広がり、都市部に出ていく傾向が強まったという。

 実際に、同病院の昨年の研修医募集枠43人に対し、集まったのは15人だけだった。充足率34・9%は全国79大学の中で71番目の低さだ。同病院総務課は、「研修医とは言えスタッフの一員。これではとても手が回らない」と頭を抱える。県医師会と連携し、出産で一線を退いた医師らを対象に「パートタイム医」を探すなど、必死だ。

 打開策の目玉として打ち出した医学生の支援制度だが、昨年12月4日から今年1月5日までの募集期間に申し込みはゼロ。県は2月23日まで募集期間を延長し、応募を呼びかけたがそれでもだめだった。「話を聞いてみると、都市部の病院で経験を積みたいという学生が多い」と担当者。

 なぜ、県内にとどまらないのか。昨春の卒業生で、今は中国地方の総合病院に研修医として勤める女性(26)は「先輩医師に『外の世界を見てみろ』と言われ、飛び出した」と語る。学生時代を過ごし、徳島にも大学にも愛着があったが、「甘えてちゃいけない」と決断した。今の病院は徳大病院に比べ病床数も医師数も2倍以上。同じ研修医が約30人いる。「多くの医師に会えたことが一番良かった。刺激にも、反面教師にもなる」

 外の世界に出て、多くの症例に触れ経験を積みたい。県医師会長も務める川島病院の川島周理事長も若い医師たちの意欲に理解を示しながら、「県の制度は条件が厳しすぎるのではないか。返済免除に必要な『県内勤務』に卒業後数年間の猶予期間を与えるなど工夫が必要だ」と話す。

 県は4月以降も、年度途中からの応募を受け付ける方針だ。

http://mytown.asahi.com/tokushima/news.php?k_id=37000000703030003