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2007年03月02日(金) 00時00分

止められなかった「暴走列車」 中朝日新聞

 「気にするな。想定の範囲内だ」
 今年1月18日、任意の事情聴取で「踏み字」行為を強要されたとして志布志市のホテル経営、川畑幸夫さん(61)が県を訴えた国家賠償請求訴訟で、勝訴判決が出た。その夕、鹿児島市の県警本部で、03年県議選に絡む公選法違反事件の捜査を指揮し、特捜班長を務めた警部(56)=踏み字取り調べで所属長訓戒=が、川畑さんを取り調べた警部補(44)=同減給=に歩み寄り、そう声をかけて肩をたたいた。
 「踏み字」行為について「10回ほど踏まされた」と主張する川畑さんに対し、裁判の証人尋問で警部補は「1回足を置いた」と証言。取り調べを補助した捜査員も同様の内容を述べたが、判決の数日後、警部はこうも言った。
 「踏み字を認めたのが失敗だった。警部補と補助の捜査員が『踏み字はなかった』と証言を合わせれば、裁判官は2対1で警官を信じたのに」
 この話を聞いた関係者は「反省が全くない。どうなっているんだ」と憤りを隠さない。
     □
 03年4月20日の夕方、無罪判決を受けた藤元いち子さん(53)の姉(56)の電話が鳴った。出ると、藤元さんの切迫した声が聞こえた。
 「焼酎と現金1万円を私からもらったことにして」
 姉は何のことか分からず「そういうことはできない」と電話を切った。
 藤元さんは志布志署の取調室にいた。同18日から「自宅の近所を戸別訪問した」という容疑をかけられ、事情聴取を受けていた。取り調べは、川畑さんと同じ警部補が担当。同19日になって「焼酎と現金を配った」という疑いに変わり、藤元さんは自白させられ、さらに翌日には同署の取調室から携帯電話をかけるよう命じられたという。
 関係者によると、同席していた女性警察官の下着にICレコーダーが隠され、通話内容が録音されていた。
 藤元さんからの電話の直後、姉は旧志布志町内の交番に呼び出され、「金と焼酎をもらっただろう」と調べられた。その後、聴取は5月中旬まで繰り返し続き、架空の自白に基づいた調書に署名してしまった。
 県警関係者によると、取り調べ中の携帯電話の使用や録音は内規で禁止されている。警察署のどの取調室にも「携帯電話使用禁止」の張り紙がしてあるという。警察関係者は「新人の警察学校生だって、使わせてはいけないことを知っている」と話す。
 一連の指示は特捜班長の警部によるものだったという。当時の捜査幹部は「刑事裁判が始まって、初めて聞いた」と漏らした。
 警部補は、04年5月26日にあった刑事裁判の証人尋問に立ち、弁護側の質問に対して午前中の法廷では録音を否定。だが、午後になると一転して認め、「とっさにうそをついた」と述べた。さらに、「警部と志布志署長も一緒に録音を聞いたかもしれない」と付け加えた。
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 2月23日に全員に無罪判決が出た刑事裁判の判決で「不自然」と度々指摘された被告の自白調書。県警本部は疑いもなく信用した。
 パート職員、懐智津子さん(53)の供述調書には、4回目の買収会合で出された料理について詳しい記載がある。
 「テーブルに大きな盛り皿2個が置いてあり、エビや野菜などの天ぷら、ウインナー、卵焼き、さつま揚げなどが盛られ、その中に銀色のアルミ箔(・・・はく)の容器にキュウリやタマネギなどの酢の物なども添えられ……四角いトレーに大根の千切りとイカと魚の刺し身が5切れくらいずつ……」
 判決は「余りにも詳細すぎる。供述が記憶に基づいてなされたのであれば、驚異の記憶力の人物ということになろう」と皮肉った。
 だが、当時の捜査幹部が供述調書の信用性に吟味を重ねた様子はうかがえない。県警刑事部の元幹部は「智津子さんは集落の車のナンバーを克明に覚えているという話も上がってきていた。そういう部分もあったので信用した」などと話した。
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 自供で不自然な経過をたどった買収会合の回数は、取調官同士が捜査会議で調整し合った結果だった。
 ある日の県警本部の捜査会議。買収会合の回数をめぐる関係者の供述を、捜査員が報告し合った。供述内容を記した書類には、5回以上あったとするものが複数あった。
 「多すぎる」
 「(あの容疑者は)ウソつきだから裏付けはしない方がいい」
 やり取りを聞いていた司会役の捜査幹部は「そうだな」とうなずいた。
 弁護側によれば、4月下旬から5月上旬の間、事情聴取を受けていた5人の買収会合の回数についての供述は、「1回」「3回」など数度の変遷を経て、ほぼ同じ時期に最終的に「4回」に一致している。

http://mytown.asahi.com/kagoshima/news.php?k_id=47000000703020004