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2007年03月02日(金) 00時00分

止められなかった「暴走列車」 上朝日新聞

 03年県議選の公選法違反事件をめぐり、当時の志布志署長(60)=踏み字取り調べで本部長注意=と、特捜班長の警部(56)=同所属長訓戒=が指揮した取り調べの実態が次々と明らかになっている。23日に12被告に無罪を言い渡した鹿児島地裁の判決は、「追及的・強圧的な取り調べがあったことがうかがえる」などと指摘した。捜査に携わった警察官から「暴走列車」と呼ばれていた2人が指揮した捜査の手法に、関係者の証言から迫る。

 03年6月のある日。1人の県警の捜査員が、志布志市志布志町で食料品店を営む旧志布志町副議長(当時)の男性(55)のもとを訪ねた。
 無罪判決が出た被告12人の多くが、県議選にからむ公選法違反容疑をかけられて逮捕された後のことだ。
 「押印してくれませんか」
 捜査員はバッグから数枚の書類を取り出して、言った。男性が捜査員に話したように書かれた調書だった。
 中身を読むと、「(事件の被告らが住む)四浦地区は(選挙で)金がかかる」「だから、四浦を戻したい」といった言葉のほか、事件の主犯とされた中山信一さん(61)の過去の家族間トラブルのうわさが書かれてあった。
 男性はぎょっとした。
 「話していないことが書いてある。しかも、話が調書になるとは聞いてない。どういうことだ」。押印を拒否し、捜査員を帰した。
     ◇
 事件の舞台となった03年県議選は、旧志布志町が含まれる旧曽於郡区(定数3)に4人が立候補。町議から転身した中山さんらが当選し、1人が落選。男性は落選した候補者を応援していた。
 中山さんが買収会合で現金を配ったとして、公選法違反容疑で逮捕されたのは6月4日。男性のもとに最初に捜査員が来たのは、その数日後だった。
 捜査員は男性の自宅を訪ね、四浦地区の名前を挙げて「大変なことになった。元ののどかな四浦に戻すために、議員の力を借りたい」などと話しかけた。
 男性は「そういうことなら協力したい」と応じ、中山さんが旧志布志町議だった頃の活動について話したほか、「田舎に行けば選挙は汚い」などの雑談を交わした。捜査員はメモなどは取っていなかったという。
     ◇
 ところが、そのときの世間話が調書になっていた。しかも、自分が話したのとは、違う内容が盛り込まれていたという。
 押印を拒否すると、捜査員はいったん引き下がったものの、再び自宅にやって来たり、電話をかけてきたりしては、押印を懇願してきた。だが、男性は拒み続けた。結局、男性の話は調書にはならなかった。
 元東京地検特捜部長の宗像紀夫・中央大法科大学院教授(刑事法)は「話を調書に取る際には、話をする前か、その直後に相手の承諾を得ることが前提。相手が認識していないまま、いきなり調書化するのは違法性が高い」と話している。
     ◇
 一方、当時の捜査幹部らによると、県警は中山さんの対立候補だった2人や、その支援者1人からも調書を取った。「四浦の人間は金をもらわないと動かない」などという内容で、調書は鹿児島地検に送られた。
 朝日新聞の取材に対し、対立候補2人のうちの1人は調書を取られたことを認めたが、内容については否定。もう1人の候補者と支援者は調書を取られたこと自体を否定している。
 ある県議会関係者は「中山さんをめぐる事件について、選挙の対立候補に調書を取りに行く手法はどうなのか」と疑問視する。捜査関係者も「世間話や対立候補の話を調書にすることは、公正さを欠いた手法と言わざるを得ない」と話す。
 志布志署の選挙違反取締本部には、当初、中山さんを含む3人の買収行為を疑わせる情報が寄せられていた。情報をもってきた捜査員が外されるなどして、捜査の矛先は新顔の中山さんに向かった。捜査関係者によると、中山さんの情報が立件が最も難しいものだったという。
 違反情報が寄せられていた候補者のひとりは、県警関係者から、事件を指揮した警部と「親子同然の仲」と言われる関係だ。警部は、投開票日にもこの候補者を訪ねている。関係者は「警部が対立候補の意向をくんだ」とみる。
 ある捜査関係者は一連の経緯について、「中山さんや四浦地区の風評を調書にしたのは、(否認を続ける)中山さんの起訴のために検察庁を説得する材料に使いたかったためだ」と認めている。

◆県議選をめぐる公選法違反事件 03年4月の県議選曽於郡区(定数3)で初当選した会社社長の中山信一さん(61)が主犯とされた選挙違反事件。4回の買収会合で、191万円の授受があったとして中山さんと旧志布志町の住民ら計13人が起訴された(1人は公判中に死亡で公訴棄却)。鹿児島地裁は初公判から3年8カ月近い審理を経て、23日に全員の無罪を言い渡した。一連の事件の捜査をめぐっては、「自白の強要など違法な取り調べがあった」として住民から二つの国家賠償請求訴訟が起こされ、このうち事情聴取の際に捜査員から「踏み字」行為を強要された男性の勝訴が確定している。

http://mytown.asahi.com/kagoshima/news.php?k_id=47000000703020001