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2007年03月02日(金) 00時00分

Dシネマが変える映画館 東京に初の全館対応シネコン朝日新聞

 日本で初めて全館デジタルシネマ(DC)対応をうたったシネマコンプレックス「新宿バルト9」が先月上旬、東京・新宿にオープンした。製作、配給、上映を一貫してデジタル方式でまかなうDCは05年の標準規格決定以来、米国で急速に普及しつつある。フィルムを介さないDCは映画館をどう変えるのか。可能性と課題を探った。

 「映画だけでなく、舞台や音楽、スポーツなどの娯楽をすべて取り込んだ場にしたい。シネコンでなく、エンターテインメント・コンプレックスです」

 全国に11のシネコンを展開するティ・ジョイ企画開発部の井口洋プロデューサーは「バルト9」の理想像を、こう語る。開業作品に「劇団☆新感線」の舞台を映像化した「ゲキ×シネ」が含まれたのも、そうした意思の表れだ。

 DCの上映にはフィルムが介在しない。映画はデジタルデータとして、配給元からネットや衛星を使って劇場に直接送られ、デジタル映写機で映される。

 配給側にとっては、フィルムの現像や輸送にかかるコストの削減や海賊版抑止が期待できる。劇場側には、何度上映しても画質が劣化しないといった利点がある。加えて、通信網を使って音楽コンサートやスポーツのライブ映像を大画面で上映することもできる。

 「シネコンが乱立するなか、独自性を出すのが難しくなっている。大画面で魅力的な映像を楽しむという劇場本来の役割をよみがえらせたい」と井口さん。09年に横浜、11年に博多で、バルト9と同様のシネコンを開業する。

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 とはいえ現状は厳しい。「バルト9」は9スクリーンすべてにデジタル映写機を導入しているが、開業時のデジタル上映は「ゲキ×シネ」と、先頃アカデミー賞作品賞を受けた「ディパーテッド」のみだった。井口さんは「配給元の対応が追いついていない」と指摘するが、そうと決めつけられない現状もある。

 デジタルコンテンツ協会によると現在、日本の約3000スクリーンのうち、DC対応は多く見積もっても100を超える程度という。1台約1500万円のデジタル映写機の導入や通信網の整備に費用がかかるからだ。

 DC対応館が増えないから配給元も本腰を入れない。つまり、鶏と卵の状態になっている。

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 海の向こうでは状況が変わり始めており、とりわけ米国では急速にDCへの対応が進んでいる。「最も楽観的な見方をすれば、3年後に全米約3万8000スクリーンのうち、3万近くがDC対応になる」と話すのは、東京工業大の川上一郎主任研究員だ。

 2年前にDC標準規格が決まった直後は、米国の映画館も設備投資に二の足を踏んでいた。しかし06年夏、大手映写機メーカーが機材を無償で映画館に導入する仕組みを打ち出し、普及にはずみがついた。メーカーが配給会社と興行会社の間に入り、配給側からフィルムを現像したと仮定した「仮想フィルム代」を、映画館からはメンテナンス料をもらうことで成り立つ仕組みだ。

 こうした動きにあわせ、大手シネコンチェーンも本腰を入れ始めた。昨年末に1000スクリーンほどだったDCが今年に入って倍増し、各社の導入計画も上方修正されているという。

 「ハリウッドのメジャー作品が劇場から上げる収益は20%に満たない現状で、ポップコーンとドリンク頼みのビジネスモデルでは生き残りは難しい」と、川上さんは指摘する。

 DC導入後の映画館チェーンでは、全米マーチングバンドコンテストの実況を6時間にわたって「放送」したり、大企業の社員が最寄りのチェーン館に集まって全国会議をしたりと、新しい利用法が生まれている。さらに映画館広告にも光明が見えてきた。衛星を使って、シネコンのある地域ごとにきめ細かい広告をすばやく送り込めるようになったのだ。

 「いわばテレビの編成概念を取り入れたようなメディアとして生まれ変わろうとしているのです」と川上さんは話している。

http://www.asahi.com/culture/movie/TKY200703020258.html