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2007年02月27日(火) 00時00分

経営陣不問に憤る遺族 関電美浜原発事故 居間に飾られた中川一俊さんの遺影。一俊さんが好きだったヨーグルトが供えられている=福井県若狭町で 中日新聞

 死傷者11人を出す大惨事となった関西電力美浜原発3号機(福井県美浜町)の事故から2年半。難航した捜査の末、福井県警が絞り出した処分は、現場の刑事責任だけを問うものだった。「生半可な結果では納得できない」「会社組織だから仕方ないのか」。関電幹部への厳しい処分を期待した遺族らは、突き上げる感情をあらわにする一方、書類送検された社員らに同情するなど、怒りとやり切れなさが混じり合う節目の日となった。

 事故で亡くなった5人のうちの1人、亀窟(かめいわ)勝さん=当時(30)=の父章さん(56)=徳島県吉野川市=は「わしは関電が憎い。これだけ亡くなって負傷したのに、生半可な結果では納得できない。息子を殺されて、交通事故と同じ。泣き寝入りみたいだ。5人も殺されて書類送検で済むのだろうか。警察が大企業に丸め込まれているのではないか」と、収まらない気持ちに声を震わせた。

 「関電はいつも頭を下げるだけ。頭下げるだけなら誰でもする。今の担当者はよく来てくれるが、事故当時の藤洋作社長は昨年の献花式にも顔を出さなかった。しっかり責任をとらず、そんな対応では遺族は納得できない」。経営陣の責任が問われないことへのやりきれない思いも語った。

 中川一俊さん=当時(41)=の母トシエさん(70)=福井県若狭町=は「責任を取らされた現場の人がかわいそう」とつぶやいた。居間には作業服を着た一俊さんの遺影が飾られ、一俊さんが好きだったヨーグルトが供えてある。「いろんな人に『この事故がきっかけで原発の安全文化が変わる』とか言われるけど、本当にそうであってほしいと思います」

 別の遺族は「会社組織だから仕方がないのか。『この人が悪い』とは言い切れないのかもしれない。でも、けじめはつけてほしい」と淡々とした口調で話した。

 ◇「会社としての問題と認識」 関電社長が陳謝 

 関西電力の森詳介社長は26日の定例記者会見で「極めて厳粛に受け止め、あらためて重大な事故を起こしたことを深くおわびします」と陳謝した。

 遺族らへの対応を問われ、森社長は「社員が出向いて遺族らに説明するとともにおわびする」と説明。書類送検された社員たちの社内処分については「今後の捜査の状況も踏まえたいが、会社としての問題と認識している」とした。

 また、経営責任に関しては「書類送検で新しい事象が出てきたわけではない。引き続き先頭に立ち安全文化の再構築を図っていきたい」と述べた。

 再発防止や信頼回復に取り組む中、データ改ざんや許認可手続きの申請漏れなど、新たな問題が起きている点を追及されると「コンプライアンス(法令順守)意識の徹底がまだまだ道半ばだということの表れと重く受け止めている」と、神妙な面持ちでこたえた。

 ◇捜査2年半 特殊性が壁、難航

 福井県警は事故から2年半の間、延べ6万人以上の捜査員を投入したが、原発をめぐる特殊性が捜査を難航させた。

 美浜原発と関電旧若狭支社、点検を請け負った子会社の日本アーム(当時)を数回にわたり家宅捜索し、押収資料は1万点以上。保管された敦賀署4階の武道場の床は、資料の重みでへこんだ。

 焦点は、いつ、誰が事故の危険性を予測できたか。だが「いわば誰も何もしなかったから起きた事故。何もしなかったことを立件するのは非常に難しい」(捜査幹部)。28年間に20回の定期検査が行われ、破損の兆候に気づかなかった“空白”を埋める作業が続いた。

 関電経営陣まで約400人を聴取。専門用語が次々と飛び出し、調べる手間に追われ、事実関係の把握だけで1年を要した。国策にかかわる微妙な問題で、捜査関係者は「(国レベルの)関係機関との協議がややこしすぎる」とこぼした。

 「トカゲのしっぽ切りでは終わらせない」との捜査関係者たちの執念は結果的に実らなかった。「5人が死んで不起訴や起訴猶予では許されない」と確実な起訴を見通した方針転換が、6人という絞り込んだ書類送検となった。


http://www.chunichi.co.jp/00/sya/20070227/mng_____sya_____016.shtml