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2007年02月22日(木) 00時00分

「ちぐさ」の証し残そう朝日新聞

  横浜市中区野毛町1丁目にあった有名老舗(しにせ)ジャズ喫茶「ちぐさ」が、周辺の再開発のあおりを受けて閉店し、1カ月になる。20歳で店を開き、94年に81歳で亡くなるまで「オヤジ」と慕われた故・吉田衛さんの証しを残そうと、常連たちが動き出した。21日、約3500枚のレコードが横浜市西区の横浜市中央図書館に納められた。

(二階堂友紀)

  店舗兼住居だった木造2階建ての古い建物は、今月壊され、いまはマンションの建設が進む。閉店後、レコードやスピーカーは約30箱の段ボールに詰められ、運送会社の倉庫に保管されていた。

  図書館への移管の中心になったのは、常連でつくる「“ちぐさ・吉田衛コレクション”保存会(仮)」の会長で、会社社長の遊佐正孝さん(58)=横浜市旭区。この日朝から、図書館の地下の書庫に段ボールが運び込まれるのを見守った。

  市とは閉店を決めた直後の昨年12月から話し合いを進めてきた。遊佐さんらの打診を受けた文化振興課が保存先を探し、ちぐさの跡地にも近い図書館に空きを見つけた。

  所有権の移る「寄贈」ではなく、保管場所を提供するという形で話がまとまったのは2月初旬。21日付で「10年3月31日まで保管する」という確認書が交わされた。

  一役買った堀江武史・文化振興課長は1月31日の最終日、初めて店を訪れた。「昔ながらのジャズ喫茶の雰囲気が残っていて、閉店に歴史の一コマを見た気がした。存在自体が、市のジャズ文化の歴史を語るもの。資料の散逸は忍びないと感じた」。何より、常連客の熱意に背中を押された。

  遊佐さんらによれば、レコードはコレクターから見れば、特に枚数が多いとは言えず、希少品があるわけでもない。それでも常連客が保存に奔走しているのは「品物よりも、オヤジや店の存在そのものを忘れてほしくない」という思いからだ。

  店は、渡辺貞夫や秋吉敏子、日野皓正(てるまさ)ら、著名なジャズミュージシャンが若いころ、通ったことで知られる。

  遊佐さんは厚木高校時代から店に通い詰めた。夏休みは親に「予備校」とうそを言って、連日、ちぐさに行った。コーヒー1杯で4、5時間。曲をリクエストすると、片面だけかけてくれる。1年ほどすると、カウンターの中に入れてもらえるようになった。

  留守の「オヤジ」の代わりに、レコードをかけたりコーヒーをいれたりする。これを任せられることは「オヤジから常連と認められた印」のようでうれしかった。夜になると店を閉め、木製の床を磨いた。その後、9・32坪の狭い店内で「人生の話」をした。

  中央図書館の中村昭彦担当部長も18歳から通った。遊佐さんらは今後、図書館でレコード鑑賞会といったイベントも企画していく予定だ。中村部長も「共催も考えていきたい」と前向きだ。

  一方、店の看板やイスは会の意向を受けて「野毛地区街づくり会」が倉庫に保管中だ。遊佐さんは「横浜ジャズ博物館のようなものができて、その一角にちぐさコーナーができれば最高」と夢を語る。

http://mytown.asahi.com/kanagawa/news.php?k_id=15000000702220002