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2007年02月22日(木) 01時41分

2月22日付・編集手帳読売新聞

 石川啄木は小樽で新聞記者をしていたとき、「浦塩(ウラジオ)特信」という記事を書いた。1907年(明治40年)秋、ロシア・ウラジオストクの現地事情を報告した一文である◆取材はしていない。当時の日記にいわく、「諸新聞より切り抜きたる材料により『浦塩特信』なるものを書けり。新聞記者とは罪な業なるかな」(角川文庫「啄木日記」)◆おのが独創に揺るがぬ自信をもつ自尊心の塊であった人が、盗用の仕事になじめるはずもない。日記の独白は嘆きの吐息でもあったろう。100年前の記者はむちゃをしたものだと笑ってもいられない◆山梨日日新聞は他紙の社説を何度も盗用していた前論説委員長を懲戒解雇し、社長が辞意を表明した。朝日新聞でも記者の記事盗用で編集局長が更迭されたばかりである。嘆きの吐息はいまも絶えない◆「名誉を盗むことはできる/だが誇りを盗むことはできない」。谷川俊太郎さんの詩「盗む」の一節である。露見する、しないの以前に、盗用は盗用したその人の誇りを傷つける。傷ついて痛いと感じる誇りを失えば、「罪な業」までは一またぎの距離だろう◆誇りとは厄介なもので、足りなければ困り、多すぎれば臭気が周囲に嫌われる。胸に固く錠をおろし、しかし量だけは有り余るほどに保管しておきたいものだと、自戒をこめて思う。

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20070221ig15.htm