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2007年02月19日(月) 00時00分

携帯『位置情報通知』 4月スタート 東京新聞

 携帯電話で一一〇番や一一九番をかけた際、発信場所を自動的に警察や消防に知らせる「位置情報通知システム」が四月から導入される。通報場所の特定に手間取る携帯電話の弱点をカバーする目的だが、プライバシー保護に不安を訴える声も。契約数一億台に迫る携帯電話の世界に、新たに登場するシステムとは。

 「着信記録をクリックすると、地図が表示されます。緯度や経度も出ます」

 「位置情報通知システム」のデモ画面を、総務省消防庁の担当者が説明する。地図上の円が「通報者」の位置。半径百メートルの円もあれば、わずか十五メートルのものも。日時や電話番号のほか、IP電話の場合は住所や氏名も表示される。

 システムは四月以降、緊急通報の位置通知が携帯電話会社に義務づけられるのに伴いスタート。一一〇番、一一九番、海難通報などを受ける一一八番といった緊急通報があると、短時間で位置情報を割り出し、新設された共通のネットワークを通じて受理機関の指令台やパソコンに送る。

 義務化の対象は、NTTドコモの「FOMA」など高速データ通信が可能な「第三世代携帯」。第二世代以前には適用されないが、第三世代への切り替えに従い、適合機種は増える。

 誤差は、基地局の住所や電波の届く範囲から位置を割り出すタイプで数百メートルから一万メートル、衛星利用測位システム(GPS)方式はわずか数メートルから数十メートル。児童や高齢者にGPS付き携帯を持たせ、家族が位置情報を知るサービスが人気を集めており、事業者が受け入れる下地はできていた。

 固定電話時代は、契約者情報で通報者を割り出したり、口頭で住所を説明してもらった。ところが、今は一一〇番の六割が携帯から。「警察官が現場で接触するのも難しいことがある」(警察庁)、「『灯台が見える』と言われても、そこからの距離が分からない」(海上保安庁)といった状況が生まれている。一一〇番では、通報から現場到着までの所要時間が一九九四年の五分四十五秒から昨年は七分十秒に伸びている。

 このため、総務省の情報通信審議会が二〇〇四年、位置情報通知の早期実現を答申。総務省が〇五年に省令を改正し、大臣告示で「義務化」を盛り込んだ。

 携帯三社も「気が動転して、どこにいるか言えない場合も、発信地が分かる」(NTTドコモ)、「緊急事態のとき口頭で伝える説明の補助」(KDDI)、「素早く、円滑に対応できる」(ソフトバンクモバイル)と足並みをそろえる。

 開始時に運用されるのは東京、大阪、神奈川、愛知など六都府県の警察本部と、全国七十九市区町村の四十一消防本部、全国の海上保安本部。順次拡大するという。

 捜査に威力を発揮するとしても、まじめに通報した市民のプライバシーを侵害する恐れはないのか。総務省の個人情報に関するガイドラインも解説書きの中で「ある人がどこに所在するかはプライバシーの中でも特に保護の必要性が高く、通信の秘密に準じて強く保護する」としている。

 技術的歯止めとしては、番号の前に「一八四」を付けると、位置情報が非通知になる仕組みが設けられている。しかし、監視社会問題に詳しいジャーナリスト小谷洋之氏は「緊急通報で冷静に一八四を押すことなどできない」。警察と消防には例外があり、人の生命や身体に危険が迫っているときなどは、一八四を付けても位置情報を取得することが許される。

 では、取得した位置情報はいつまで保存されるのか。携帯各社は、情報は素通りするだけで社内に蓄積されないとしている。総務省は「警察と消防に届いた情報は、位置情報で一週間以内、時間と電話番号は一カ月以内に消去される」とし、目的外に使われる危険は少ないとする。だが、ジャーナリストのタカマ・ゴースケ氏は「一度データになったものは保存が可能。技術的にはいつでもできるはずだ。緊急通報の位置情報通知も米国では九〇年代に導入されており、日本でも十年ほど前からできる状態だった」と解説する。

 既に、捜査現場では任意の照会や検証令状で位置情報を取得している。二〇〇〇年、北海道で三角関係のもつれから女性を殺したとして逮捕された女は容疑を否認したが、携帯が発する電波で割り出した位置情報で足取りが裏付けられ、有罪が確定した。こうした情報は奈良県の女児誘拐殺人事件でも使われた。

 元最高検検事で白鴎大学法科大学院教授の土本武司氏は「令状には特定の犯罪事実を記載しなくてはならず、何でも捜索できるわけではない。警察は初動捜査が重要で、生命・身体に危害が及びそうな人の電話では一秒でも早く場所を知る必要がある。(通報者が)自分でかけるのだから、プライバシー侵害の恐れはない」と言い切る。

■GPS携帯ならピンポイントで

 しかし、保坂展人衆院議員は「政府は、検証令状で過去だけでなく未来の位置情報も取得できると国会答弁で認めている。特定の政治家の動向を把握することも可能だ」と指摘。専門家は、Nシステム(自動車ナンバー自動読み取り装置)で保存された移動情報が後に捜査に使われた前例などを挙げ“アリの一穴”になる可能性を危惧(きぐ)する。

 小谷氏は「GPSならピンポイントで、誰の家に入ったかまで把握できる」とする。所得の一定割合以上、買い物すると所得税が安くなる韓国では、携帯番号や住民登録番号で年末調整できる。小谷氏はこうした事例も念頭に「携帯が事実上の国民総背番号制に使われ、国民がどこで何を買ったかを丸裸にできる」と話す。

 「日本では、住民基本台帳カードは普及しなかったが、電話は(国が)頼みもしないのに(国民が)追尾装置を持ってくれるようなもの。メールや移動履歴、買い物歴、カメラ画像などの情報が集中しているが、そもそもこんなに機能が必要なのか」

 こうした批判に、警察庁は「杞憂(きゆう)だ」と全面的に反論。「通信指令室で分かるのは発信者の番号と位置だけで、特定人物の動向把握はできない。警察の独善にならないよう総務省の指示に従い、携帯会社が嫌と言えば取得できない」と強調する。

 土本氏も「以前は交番のお巡りさんが一軒一軒回って動向を把握し、犯罪が起きたときに役立てていた。携帯もいい方に使えば役に立つ。違法に使われる恐れがあるだけで、初めからやらないのは時代の要請に反する」と理解を示す。

 議論は結局「『緊急通報にとどまる』という行政機関の説明を信用できるか」という点に行き着く。監視する側を監視する仕組みがないことは、盗聴法(通信傍受法)の議論でも問題になった。タカマ氏は指摘する。

 「民間なら外部の監査会社が見るが、政府には第三者監査の発想がない。個人情報保護法は欧州の制度を基につくられたが、欧州には運用に違反がないか見張る監督局があるのに、日本はつくらなかった。それで『信用する』『信用できない』という議論が繰り返されている」

<デスクメモ> 「私は一一〇番や一一九番をしない」というひねくれ者は少ないだろう。でも、居場所を知られたくない人が緊急通報をためらうようになってしまったら元も子もない。警察や消防に位置情報のみが伝わり、携帯番号は通報者の任意で伝える仕組みにしておけば問題ないと思うが。なんで、そうしないの。(隆)


http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20070219/mng_____tokuho__000.shtml