国内最大級、約３万人が走った東京マラソン。ほとんどが市民ランナーで、都心が長時間にわたって大封鎖される前代未聞の大会となった。東京の街はどんな表情を見せたのか。折り返し地点の浅草と、走者が２度通過した銀座を歩いた。
■浅草
窓際の席に列
「来年出たい」
雷門の南東、周囲をマラソンコースに囲まれた三角形の「デルタ地帯」は、午前９時半すぎに封鎖され、「陸の孤島」となった。しかし、取り残された人もちらほら。警察官に、デルタから出るには地下道しかないと説明され、ぶぜんとする人もいた。２０代らしきカップルは「ぜんっぜん興味ないですから、マラソン。ただ浅草に遊びに来ただけなのに」。ベビーカーを押す女性は「えっ、歩道を渡るのもだめ？ もうっ、あなたたちが早く歩かないから！」と子どもらを一喝する。
それでも冷たい雨の中、外側の沿道には二重、三重と見物客が並んだ。デルタには約４０の店舗と１６０戸ほどの住宅がある。コース沿いのマンションに住む渋谷理絵さん（２６）は「不便ですけど、浅草がコースに選ばれたことがうれしい。うるさいなんてこともない。お祭りやサンバでいつもにぎやかなので」。
お昼どき、コースを見下ろすデニーズ浅草雷門店には、窓際の席を希望する客が４０、５０分待ちで列をなした。店長は「出勤する人を増やしておいて正解でした」。
しかし、多くの店舗からは「開店休業状態。年中無休のチェーン店で閉めることもできない」「稼ぎどきなのに。営業妨害」と不満も聞かれ、休業する店もあった。台東区立浅草文化観光センターは観光客がほとんど来ないのに「走者が２人、トイレを貸してくれと飛び込んできました」。
嘉永５年創業で「福々まんじゅう」が人気の西山菓子店は、迷った末に店を開けた。「やっぱりね、あったかいおまんじゅうを楽しみにしてくださる方もいますしね」と西山俊夫さん（８６）。妻のやえこさん（７９）は動脈瘤（どう・みゃく・りゅう）の手術をした俊夫さんを心配し、救急車が入れないのを不安がっていた。午後２時すぎ、ぶじ通行止めが解除された。
地元に暮らす古林俊晃さん（４３）と史子さん（３７）夫妻は、ずっと沿道で声援を送り続けた。
「ランナーの方たちが、手を振ったら振り返してくれる。ありがとうって言ってくれる。それがうれしくて、帰れなくなっちゃった」と史子さん。俊晃さんは「普段は車だらけの道なのに、きょうはいろんな人のいろんな顔が見られた。来年は２人で出たくなってしまいました」。
（内山美木）
■銀座
仮装おもしろい
最終走者に拍手
午前８時半。雨がやむ気配を見せない中、東京メトロ銀座駅に大会ボランティアが集まった。小金井市から来た山谷千歳さん（５７）は心配そうに天を仰いだ。「銀座はにぎやかなところだから、盛り上がって欲しい」
雨脚が強くなるなか、有名選手を見ようと人が集まってくる。１０時ごろには、沿道の両側の列がつながった。観光でニューヨークから来たリング・プリバルさん（２９）は「初めての大会で、この天気。なのにこれだけ人出があるとは」。ニューヨークマラソンを観戦したことがあるといい、「大会運営もよく組織されている」と話した。
１１時ごろになると、サルの着ぐるみやメードなどの衣装を着た市民ランナーが通過し始める。買い物客も立ち止まり、声援が大きくなる。「普段スポーツを見ないけれど、仮装がおもしろい」と買い物に来た千葉県鎌ケ谷市の女性（２７）。
走者同士や、観戦者と走者のふれあいもあった。茨城県古河市の黒田俊二さん（５６）と妻の令子さん（同）は、出場する娘ののり子さん（３２）に頼まれ、バナナやスポーツドリンクを持って３４キロ地点で待機していた。
待つこと約１時間。午後１時半、のり子さんが現れた。バナナを１本差し出すと、隣を走っていた男性走者がつぶやいた。「おなか空いた」。のり子さんがすかさずバナナを半分折って渡す。男性の疲れきった顔に笑顔が広がった。
それを見た令子さんは後続のランナーにキャンデー１０粒を差し出した。寄ってきた走者が礼を言いながら走り去った。「もっと持ってくればよかった」と令子さん。
２年前、ホノルルマラソンに出場し、見知らぬ観戦者の応援に励まされたという千葉市の安室（やす・むろ）裕子さん（３３）は、職場の同僚や友人約２０人と、走者一人ひとりにエールを贈った。「マラソンは１人で走るようで、実は１人じゃない。人に支えられて走る」
デパートで働く石附（いし・づき）未来（み・き）さん（２６）も休み時間に様子を見に来た。「普段は着飾った人が多いが、今日はいろいろな人が来ていて、ずっと見ていたい気がした」
午後２時５０分。雨もあがり、最終走者の男性が銀座４丁目交差点にさしかかると、誰からともなく拍手が起きた。
（抦崎太郎）
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