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2007年02月08日(木) 00時00分

『リコールあれば事故なかった』 死亡運転手の妻証言 東京新聞

 三菱自動車(三菱ふそうトラック・バスに分社)製大型車のクラッチ系統部品の欠陥による山口県の運転手死亡事故で、業務上過失致死罪に問われた同社元社長河添克彦被告(70)ら元幹部四人の第四十二回公判が七日、横浜地裁(鈴木秀行裁判長)であった。亡くなった鹿児島県国分市(現・霧島市)の男性運転手=当時(39)=の妻(46)が「リコールしてくれれば、事故は起きなかった。本当に悔しい」と涙ながらに証言した。

 「小さな接触事故でけがをしたのかな、と思いました」

 事故の一報を受けたのは、二〇〇二年十月二十日の午前零時ごろ。前日に一緒に昼食を食べ、つい二時間ほど前には「今、山口にいる」と元気な声で電話してきたばかりだった。「間違いであってほしい」。そう祈りながら病院に向かったが、夫は既に帰らぬ人となっていた。二年前に建てたマイホームに子ども三人と残され、ぼうぜんとした。

 夫は被疑者死亡のまま道交法(安全運転義務)違反の疑いで書類送検された。三菱自がようやく欠陥を公表したのは、〇四年五月。三菱ふそうの当時の副社長らが自宅に謝罪に訪れたが、許せるはずもない。焼香を断り、仏壇をついたてで隠した。

 その後、謝罪の手紙があった元取締役村田有造被告(69)ら二被告との示談に応じたが、公判で二被告は、ほかの二被告とともに無罪を主張する。「罪を認めたのに。本当に信じられない」と不信感を募らせる。

 責任感が強く、曲がったことが嫌いだった夫。それとはあまりにかけ離れた三菱自の体質に、怒りを覚える。「(社内に)一人でも強い意志を持って(リコールしないことに)反対する意見があれば、主人は死ぬことはなかった。今も生きていた」。夫の写真を包んだハンカチを握りしめ、妻は声を震わせた。 (佐藤大)

<メモ>山口県の運転手死亡事故 2002年10月19日、山口県熊毛町(現・周南市)の県道交差点で、走行中の三菱自動車製の冷凍車(9トン)から、クラッチの欠陥で動力を後輪に伝えるプロペラシャフトが脱落。これが原因でブレーキパイプが損傷し、冷凍車は制御不能となり、横断地下道路出入り口に衝突。鹿児島県国分市(現・霧島市)の男性運転手=当時(39)=が死亡した。


http://www.tokyo-np.co.jp/00/kgw/20070208/lcl_____kgw_____002.shtml