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2007年02月08日(木) 00時00分

自社株購入権 日付偽り役員報酬水増し 米企業 “裏支給”が横行 東京新聞

 米企業の巨額役員報酬をめぐり「バックデーティング」(日付の付け替え)と呼ばれる灰色取引が、世界の金融センター、ウォール街を揺るがせている。自社株購入権(ストックオプション)を利用し不正に報酬額を膨らませていた疑惑で、米証券取引委員会(SEC)が約二百社への調査を開始。年初の新型携帯電話の発表で脚光を浴びる電子機器大手アップルも調査対象に上るなど、疑惑の行方に全米の注目が集まっている。 (ニューヨーク・池尾伸一)

 「SECと連邦地検からは資料請求や問い合わせがあった。調査には全面的に協力したい」

 アップルは二日、情報開示資料で調査を受けていることを公表した。

 連日、新たな対象企業名が報道されるこの疑惑は、簡単に言えば役員報酬の“裏支給”。カラクリは比較的単純だ。

 ある企業が株価五千円の日に、報酬として社長に一万株分の自社株購入権を与えたとする。購入権は、将来も付与日の株価で購入できる権利なので、社長は例えば株価が七千円まで上がった日に購入権を行使、株を五千円で買い七千円で売ることで、一株当たり二千円、合計二千万円の売却益を手にできる。役員が経営努力で株価を上げれば上げるほど、自分の報酬も増やせる仕組みで、こうして役員の「やる気」を引き出すのが購入権本来の狙いである。

 ところが、多くの企業で実際の購入権付与日よりも株価がうんと安かった日を「付与日」と偽って会計処理。それにより株の差額を拡大、報酬を水増ししていた事実が発覚したのだ。

 摘発された米ハイテク企業コンバース・テクノロジーのケース=グラフ参照=では、株価百二十七ドルだった一九九九年十一月二十三日、三十一万株分の購入権がアレクサンダー最高経営責任者(CEO)に付与されたが、会計帳簿には株価九十三ドルの同年十月十八日が付与日と記されていた。実際の付与日に株を買って売るだけでも、瞬時に一千万ドル超の売却益を得る計算で、同CEOは株主に対する詐欺の容疑で逮捕された。

 疑惑が浮上したアップル社も、内部調査の結果、九七年から二〇〇二年までに延べ約六千四百件の不正があり、百億円もの報酬が費用計上されていなかったことを認めて決算修正した。

 だが、当局の関心は「トップのジョブズCEOがどうかかわったか」(米金融関係者)に向いているようだ。

 最大の焦点は〇一年十二月十八日、七百五十万株分の同氏への付与。会計処理上の「付与日」は、株価が約一割安かった同年十月十九日に付け替えられていた。

 当初、アップルは「株式付与を決定する報酬委員会を十月十九日に本当に開いていた」と発表したが、内部調査で実際には開いていなかったことが判明。開催をみせかける書類まで偽造していた。それでも「CEOは書類偽造を指示していない」とし、ジョブズ氏関与は「シロ」と結論づけた。

 だが、経済紙報道によると、既に退社した当時の担当社員は「購入権付与は上の承認がなければできなかった」と主張している。

 米格付け機関スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)のハイテク産業担当アナリスト、スタイス氏は「仮にジョブズ氏が知っていたとすれば、責任問題が急浮上する」とみる。カリスマ的なジョブズCEOが去ればアップルの先行きも危ぶまれるだけに、投資家らはかたずをのんで見守っている。

 そもそも、こうした不正会計がハイテク企業を中心に横行したのはなぜか。スタイス氏は「ハイテク業界の経営陣人材の獲得合戦は激しい。役員らが逃げないよう報酬を大盤振る舞いしながら、株主向けには見せかけの利益を維持できる便利な方法として使われた」と分析する。

 だが、コロンビア大法科大学院のフォックス教授は「米企業トップの給与は十分に高い。根本的には経営者の欲があまりに深すぎることが問題」と指摘する。一連の疑惑調査が進むにつれ、この巨額報酬に対する米国民の視線は一段と厳しくなりそうだ。

<メモ>米証券取引委員会(SEC) 米証券市場の「番人」として投資家保護のためインサイダー取引や粉飾決算などを調査する行政組織。犯罪性があれば司法省に証拠資料を送り立件を求める。金融庁傘下の日本の証券取引等監視委員会に比べ独立性が高く、人員も約3600人と監視委のほぼ6・5倍。2006年は詐欺など約600件を摘発した。


http://www.tokyo-np.co.jp/00/kakushin/20070208/mng_____kakushin000.shtml