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2007年02月08日(木) 01時38分

2月8日付・編集手帳読売新聞

 雑誌をめくっていてホテルの広告に目を留めたのは20年以上も前のことである。宣伝文が一風変わっていたので覚えている。「紙クズはもう一泊します」◆例えばチェックアウトをした後、宿泊客が部屋のごみ箱に大事なメモを捨ててしまったことに気づく。それに備えてこのホテルでは、ごみをフロアごとにまとめ、客が立ち去ってから一昼夜、“滞在”させるのだという◆想定の事態がそうそう起きるはずもなく、紙クズを一泊させる手間暇はほとんどが無駄だろう。客の目に映らないところで万が一に備える。このところ、むかし一度見たきりの宣伝文が頭をよぎる時が少なくない◆客の目に映らない裏側で建物の鉄筋を抜き取る。あるいは、裏側で洋菓子に細菌をまるで放し飼いのようにする。日本航空もそうだろう。いまの経営難は、運航トラブルの続出で安全管理のお粗末な裏側が露見し、利用者から嫌われたことに始まる◆日航の発表した人員削減や給与カット、不採算路線の廃止などは、どれも必要だろう。誰の目にも分かるスリム化は、しかし、生き残り策の枝葉であり、人目につかない裏側にこそ幹があるのを忘れてはなるまい◆ごみ箱のごみにさえ万が一を考えるホテルがある。紙クズならぬ人の命を預かる航空会社の安全意識は、「億が一」でもまだ足りない。

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20070207ig15.htm