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2007年02月07日(水) 17時40分

もうひとつの「踏み字」事件の被害者語る朝日新聞

 鹿児島地裁が「違法」と断罪した「踏み字」を迫られていたのは、1人だけではなかったことが明らかになった。先月、損害賠償を認められた志布志市のホテル経営川畑幸夫さん(61)以外に、同市内の会社員、川畑まち子さん(57)も任意の取り調べの中で、「踏み字」を強要されそうになった。昨年10月には、県に慰謝料などを求めて鹿児島地裁に提訴した。まち子さんは「取り調べは本当につらかった。警察を許さない」と決意を語った。
 まち子さんや関係者らによると、2人の警部補が突然自宅にやって来たのは03年6月5日朝。ちょうど弁当を作っている時だった。
 前日には、同年4月の県議選に絡み、勤めている焼酎製造販売会社の社長・中山信一被告(61)=公選法違反(買収)で公判中=が買収会合を開いたとして、逮捕されていた。
 「社員の私も事情聴取はされるだろう」と感じていたまち子さんは、「話をすれば、すぐに終わる」と思い、車に乗り込んだ。車中で世間話をしようとすると、ひとりの警部補は「黙って。署で聞くから」。
 「事情を話すだけだと思ったら、疑いをかけられていた」。同市四浦地区で4回開かれたとされる中山被告の買収会合。取調室に入ると「四浦に行っただろ」と警部補は迫ってきた。身に覚えのないまち子さんは、「行っていない」。が、警部補は「行ってるんだよ」と譲らなかった。
 警部補が、まち子さんが会合に参加していると自供しているという同僚の名前を書いた紙を「踏みにじれ」と命令してきたのは、正午前だった。「できません」と断っても、「じゃあ、あんたがうそを言っているんだ」。押し問答がしばらく続いたが、「同僚が裏切るはずはない」と突っぱねた。
 取り調べは連日続き、4日目の朝、取り調べの疲れからか頸椎(けい・つい)ヘルニアが悪化。影響で財布からお金が出せないほどに両腕に痛みが走り、迎えに来た警部補に「病院に行きます」と伝えた。
 警部補は「私も一緒に行く」とついてきた。注射など1時間の治療の間、病院の駐車場で待っていた。取調室に行くと、警部補は「お前は被疑者だ! うそつき野郎が!」と怒鳴り、「外道という字を知っているか? 外れた道と書くんだよ!」とののしったという。
 まち子さんは8月2日まで計18日間の取り調べで何人もの捜査員に「認めろ」と迫られたが、「認めたら逮捕されると思ったから、絶対認めなかった」。だが、「心も体もボロボロになった」。同月4日から2カ月間の入院を余儀なくされ、仕事に復帰できたのは12月だった。
 04年4月に幸夫さんが「踏み字」を強要されたとして、県を相手に慰謝料などを求めて鹿児島地裁に提訴したときは、「私と一緒だ」と驚いた。しかし、一人では立ち上がることはできず、仲間が増えた昨年10月に、まち子さんも県を相手に慰謝料など330万円を求めて提訴した。「裁判で侮辱を受けたことを明らかにしたい」と今も憤っている。
 幸夫さんとまち子さんが、それぞれ別の捜査員から踏み字を迫られたことについて、野平康博弁護士は「県警内部に『踏み字手法』というものがあることを示すもの」と話している。
 1月18日、鹿児島地裁は「踏み字」を「常軌を逸した違法捜査」と認定し、県は控訴を断念した。「勇気がわいてきた」と話すまち子さん。「警察は私たち国民を守ってくれるものだと信じてきた。けれど、そうでないことを知った。こんな異常な集団、警察を絶対許せない」

http://mytown.asahi.com/kagoshima/news.php?k_id=47000000702070004