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2007年02月04日(日) 00時00分

無実男性の帰り待つ人々 朝日新聞

2階のあかりともれ

 山あいに数十軒の家々が寄り添う集落。山道の下にあるその家の2階の明かりはまだ、つかない。

 強姦(ごう・かん)などの罪で服役後に、県警が別の容疑者を逮捕し無実が判明した男性(39)の自宅。庭のたき火の跡に雪が積もっていた。

 「今日は帰ってくると思ってね。家の周りを掃除しといたんだけど」

 県警が男性に謝罪して一夜明けた1月24日、隣家の女性はため息をついた。その後、近所の女性たち7人で掃除や草刈りをしたが、男性はまだ戻らない。

 謝罪した県警幹部に対し、男性は「つらい思いをした」との趣旨を告げ、不信感を示した。氏名や所在地の公表は希望していないという。

 02年4月。男性は強姦未遂事件について任意で県警の事情聴取を受けていた。2日目の夜。なじみの飲食店のマスターは男性のつぶやきを聞いた。「何もしていないのに警察に疑われている」

 だが翌日、容疑を認め、逮捕された。

 直後には、接見した弁護士に「自分はやっていない」と話した。検察官の調べや、裁判官の勾留(こう・りゅう)質問にも一度は否認した。ただ、公判後は一貫して認め、02年11月に懲役3年の実刑判決。05年1月まで服役した。

 運転手やホテル、カメラ販売店、廃棄物処理……。仮出所後、男性は職も居場所も転々とした。県内外の別の場所でしばらく暮らすこともあれば、自宅に戻ることもあった。家の2階の明かりがつくと、集落の人は帰っていると知った。

 「まじめで残業はいやがらなかった」と、昨年末まで勤めていた工場の上司は振り返る。手際が悪い時、「何してるの」と注意すると、体を堅くした。そして、また黙々と仕事を続けたという。「一緒にいるときは、よくにこにこしていた」。結局ここも1カ月ほどで去った。

 「気が優しい、少し気の弱いところがある」「自分から何かを主張するタイプではない」。男性を知る人々はこう評する。「取り調べを怖がって認めてしまったんだと思う」と思いやる同級生もいる。

 逮捕前は父親と2人暮らし。2年9カ月間の勾留と服役の間に、入院中だったその父親が亡くなった。逮捕されたことは周囲が気遣って父親に話さなかったという。仮出所直後、近所の女性は男性に左手首の数珠を見せられ、「父親が死んでからずっとつけている」と打ち明けられた。

 しばらくして、男性がなじみの飲食店に顔を出した時、常連客の一人は一度だけ男性がこう言うのを聞いた。「やってないんだ」。だがそれ以降、自分の無実について口を閉ざしたという。

 最後に集落に姿を見せたのは今年1月3日。男性は地元消防団の出初め式に参加し、その後の宴会でカラオケを歌った。「歌手になればよかったのに」と言われ、はにかんだように見えたという。

 近所の人たちも親類たちも連絡を待っている。「せっかく無実になったのに、どうして帰ってこないのだろう」

 「帰ってきたら一人住まいだし、できることを少しでもやってあげたい。料理でも作ってね」と隣家の女性は言う。そして願っている。「元々おとなしくて優しい子。それが出所後は、寂しそうというか遠慮がちなところがあった。これからは堂々と楽しい生活を送って欲しい」
(長野佑介、宮崎亮、舩越紘)

http://mytown.asahi.com/toyama/news.php?k_id=17000000702050002