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2007年02月04日(日) 00時00分

【関連】福祉切り捨て『防波堤に』 高齢原告『生存』への闘い 東京新聞

 段階的な減額の末、二〇〇六年四月からなくなった「生活保護の老齢加算」の復活を求め、東京都内の十三人の高齢者が立ち上がる。国の一方的な通告で生活費を削られた怒りは収まらない。格差が拡大し、貧困層が増大する懸念が強まってきた“美しい国”日本。原告たちは憲法を味方に、残りの人生をかけ、人間らしい生活のありようを司法の場で問いかけたいという。「自助」を増やし「公的扶助」を減らすばかりの国の政策に“待った”をかけることはできるのか。 

 小さな台所がついた東京都内の六畳一間のアパート。訴訟への参加を決めた横井邦雄さん(78)は、妻と別れた四十代から独りで暮らしてきた。

 スーパーでは割高だからと、野菜は近くの八百屋で買う。「たまには栄養のあるものを」と、スーパーのタイムセールを待って、半額になった刺し身などを買うこともあった。だが、老齢加算が削られてからは副食費を抑えようと、我慢することが増えたという。

 「冷や飯に卵をぶっかけてかきこんだりね。年を取るとかむ力も落ちるから、栄養をつけるように少しはまともに食べなきゃと思うけど…。これじゃ寿命も縮むよね」

 十七歳で終戦を迎えて家族とともに外地から引き揚げてきた。職を転々とした後、本や雑誌を刷る活字を拾う職人として印刷会社に勤めた。だが活版業が衰退し、一九八〇年代から仕事が激減。建設現場などで働くようになったが、バブル崩壊で六十代で失業した。再就職先も見つからず、十二年前から生活保護を受けるようになった。

 月約一万八千円の老齢加算を受ける七十歳になってからは、生活費相当分として月約九万四千円が支給された。だが、二〇〇四年からの加算分の削減、廃止によって今の受給額は約七万五千円にとどまっている。

 昨年五月、都内の四十六人とともに老齢加算廃止を不服として都に審査を請求したが、棄却された。国に再審査を申し立てることも考えたが、年齢を考えて裁判に訴える覚悟を決めた。「このままじゃ年寄りはただ食べて寝て、死ぬのを待ってろと言われているようなもんだから」

 都への不服審査申し立てから提訴まで残った仲間は十三人のみ。体調を崩して入院したり、「福祉事務所に嫌がらせをされるかも」と恐れたりして原告に加わらなかった人もいるという。

 最近は足が弱ったという横井さん。がんも見つかった。でも「自分でできるうちは」と介護サービスに頼らず、生活相談を行う市民団体で相談業務の手伝いもする。「お国のためにと戦争に駆り出され、戦後は高度成長を支えた。静かな老後を願うようになった時に、一方的に生活費を削られるなんてあんまりじゃないか」。台所のテーブルで光熱費や食費のレシートを家計簿に張り付けながら言う。

 「貧困層が分厚くなり、生活保護世帯より収入が少ない世帯が多いのも知っている。でも生活弱者が足を引っ張り合うのではなく、裁判を福祉切り下げの防波堤にしたいからあえて訴える。くたばったら終わりだ」。朗らかだった目が潤んだ。

■格差加速貧困ライン底なし

 憲法二五条の生存権を今、司法の場で真正面から問う意義は、国に「健康で文化的な生活を営むための最低ライン」を明らかにさせ、底を割り続ける貧困ラインを食い止めることにある。

 昨年の小泉政権時代に発表された政府の「骨太の方針」は、二〇〇七年度から五年間で社会保障費を一兆一千億円削減すると決定。この方針を受けて、生活保護の認定基準が厳格になり、老齢加算の廃止に続き、子どもがいるひとり親世帯を対象にした母子加算の廃止も打ち出されている。

 国の一方的な通知によって〇四年度から老齢加算を削られた生活保護受給者には不満が渦巻く。だが、不服申立件数は全国で千六百件にすぎない。

 その要因として、不況を背景に所得格差が広がり、生活保護受給者よりも困窮した低所得層が膨らんだ“ねじれ”現象は見逃せない。国税庁の調査では年収二百万円以下の世帯の割合が20%を超え、日銀の調査では無貯蓄世帯の割合も20%を超えたとの結果もある。

 国はこれまで、一般世帯の生活水準を生活保護基準の算出に反映させてきた。この基準は、最低賃金や就学援助などの算出の目安にもされてきた。好況の時代には基準が引き上げられ、問題は生じなかった。

 しかし、〇五年度には生活保護の受給世帯が百万を突破。財政難を理由として、増大した低所得層の生活水準に合わせるように基準を一方的に下方修正した国には、国民的合意もなく「健康で文化的な最低限度の生活ライン」を引き下げた“越権行為”の疑いがある。受給者にとって不利な変更にどんな正当な理由があったのか、厳しく問いただす必要がある。

 金沢誠一・仏教大教授(社会政策)は「格差の固定化は、弱者対立を生み出す。社会規範が崩れ、人らしく生きるために連帯し、協調するよりもバラバラになる傾向が強まる」と、基準の切り詰めによる社会の不安定化を憂慮する。

 さらに「年金は目減りし、健康保険の自己負担率が上がる。障害者自立支援法のように公的扶助を後退させ、自助を増やす政策ばかりが続けば、もはや低所得層は持ちこたえられない」と指摘している。 

  (佐藤直子)

■「生存権」関係条文

 憲法二五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

 生活保護法一条 この法律は、日本国憲法第二五条に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする。

 同三条 この法律により保障される最低限度の生活は、健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならない。

<メモ>老齢加算 1960年、原則70歳以上を対象に生活費相当の生活扶助費に上乗せする形で支給が始まった。東京23区など大都市部では2003年度まで月額1万7930円。しかし、04年度9670円、05年度3760円と減額され、同年度末に廃止された。厚労省によると、廃止前の05年7月時点で、70歳以上の生活保護受給者は約31万4000人。


http://www.tokyo-np.co.jp/00/sya/20070204/mng_____sya_____014.shtml