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2007年02月03日(土) 00時00分

安心して産めないワケは 東京新聞

 全国各地の病院で産科の休廃止が相次いでいる。国内有数の出産数を誇る横浜市の堀病院の無資格助産事件でも、背景の一つとして指摘された産婦人科医不足は今や、地方ばかりか、都市部でも深刻だ。安心して産めない自治体が急増しているのはなぜか。現場で苦悩する医療関係者らに聞いた。  (片山夏子、竹内洋一)

 「あと産婦人科医一人と夜間の当直を担当してくれる非常勤の医師が見つかれば、なんとか再開できるのだが…」

 埼玉県草加市の草加市立病院(高元俊彦院長)の宮野和雄事務部長は、頭を抱える。

 同病院は約二年前の二〇〇五年三月から、産婦人科の分娩(ぶんべん)(産科)を一時休止し、病気治療など婦人科だけを続けている。分娩室やナースセンターも、すぐにも再開できるように準備万端だが、現在、勤務している常勤医は二人だけだ。

 産科が休止される前は、常勤の産婦人科医が五人いた。一人が都合で辞職した後、一人が体調を崩して休職。残る三人の常勤医で業務を回そうとしたが、日中の業務だけではなく、それまで月七、八回だった当直の頻度も倍増。年間九百件を超えるお産をこなせなくなった。

 「二人の常勤医が抜けたことにより、一人当たりの負担が重くなり、この勤務体制では、とてもやれないということだったのだろう。残りの三人も次々辞めた」という。

 その後、現在の二人の産婦人科医を確保、暫定的に婦人科で勤務してもらっているが、大学病院や市、病院関係者、地元開業医などのつてを伝っても、必要な医師の確保のめどはたっていないのが現状だ。

 「ぎりぎりの人数でやれば、一人抜けただけでもすぐに元のもくあみとなる。激務が続けば、結局、医師も安全な医療の提供も立ちゆかなくなる。いきなり、以前と同じように年間九百件を超える分娩を行うのではなく、医師数に応じた規模の再開を考えている。それでもまだ、最低限必要な人数が確保できない」と宮野氏は話す。

 そんな中で起きた横浜市の堀病院の無資格助産事件。「けっして人ごとではない。地元で産みたい、という声は強いが、産婦人科医や助産師など必要なスタッフをそろえるのが大変な時代。激務、訴訟などが起きやすい環境を若手が避ける傾向を考慮して、待遇改善する病院も出てきているが、(税金で運営される)公立病院ではなかなか難しい」とも話す。

 「堀病院の摘発で、ぎりぎりでがんばっていた年間分娩数が二、三百の病院が断念して産科医療の崩壊につながることを心配している」と話すのは、板橋中央総合病院(中村哲也院長、東京都板橋区)産婦人科の森田豊部長(43)だ。

 同病院は、年間分娩が千二百件弱。現在は産婦人科医十人に助産師が二十五人で、四月からは医師が三人増える予定。その一方で、草加市立病院のように産婦人科医の大量退職が原因で産科閉鎖に追い込まれる病院は、都内でも少なくないという。

 同じ板橋区内の都立豊島病院も昨年九月に分娩・手術を休止した。都市部でも休廃止が相次ぐ原因について、森田部長は「(病院によっては)二、三人の医師で二日に一回の当直と日中の業務をこなすなどの激務が大きな要因。だから、都市部でも人数の多い大病院に医師や助産師が集中する」と説明する。

 大病院に産婦人科医が集中するのはなぜか。森田部長は「今の訴訟リスクを考えれば、若手医師が小規模の産婦人科病院を避けるのは分かる」と分析。そのうえで、「待遇面でも産科医に手当がつくようにしたり、訴訟対策をし、医師の人数を確保することが必要。育児中の女性医師の勤務時間を確定し、日中だけ勤務してもらう制度も有効だ」と訴える。

 産婦人科医の減少はデータの上でも明らかだ。厚生労働省が二年に一度まとめる医師・歯科医師・薬剤師調査によると、産科医は一九九四年には一万二千三百四十人だったが、二〇〇四年には一万千二百八十二人になった。十年間で約9%減った計算になる。

■東京、大阪愛知で減少

 産婦人科医不足は地方に限った話ではない。東京都では、九六年に千五百七十三人だったが、〇四年には千四百二十四人に減少。大阪府でも同様に九百四十人から八百十二人、愛知県でも六百三十七人から六百七人に減っている。

 同時に、助産師の不足も指摘される。厚労省によると、就業している助産師は〇六年に約二万六千人で、必要な人数に千七百人足りない。同省は、需要と供給のギャップは徐々に縮小していくものの、一〇年になっても千人が不足すると予測している。

 こうした医師・助産師不足や、国が進める産科医療の集約化の結果、草加市立病院のように産科を閉める病院も相次いでいる。厚労省の統計では、産婦人科・産科のある病院・診療所の数は九六年に計七千三百二機関だったが、〇五年には五千九百九十七機関に減少した。

 埼玉県の川口市立医療センター副院長で周産期センター長の栃木武一医師(60)は、産科医が減少している原因について「若い医師が産科医になりたがらない」と話す。実際、産科医を年齢別にみると、五十歳以上が約47%を占める。平均年齢は五十歳を超え、医師全体よりも三歳ほど高い。

 なぜ若い医師が産婦人科を避けるのか。

 栃木氏は「六十歳の私ですら帰宅は午前一時、二時だし、週一回は当直にも入る。ここへ研修に来る産婦人科志望者も、実態を知って八割が希望を変えてしまう」と明かす。

 さらに産科医不足の原因として、〇四年度に導入された新医師臨床研修制度を挙げる。大学病院が同制度で医学生の研修を実施するには、必修科目診療科をすべてそろえなければならず、各地へ派遣した医師を引き揚げ始めているのだ。

 栃木氏はさらに「都市部の場合、一つの産婦人科がなくなると、近くの病院の産婦人科の負担が一気に増え、そこでも医師が辞めていくというドミノ現象が起きている」と懸念する。

■消費税上げ産科医療に

 同県内の深谷赤十字病院副院長で産婦人科医の山下恵一医師(57)は「命にかかわる産婦人科では、訴えられるリスクが比較的高い。明日はわが身ではないかとひしひしと感じるほどだ。よかれと思って働いているのに、医療過誤だと訴えられたり、果てには逮捕されるのでは、若い人がなりたがらないのも当然だ」と話す。

 こうした現状を改善するために、国や自治体に求めることは何か。

 山下氏は自治体病院の産科医の処遇改善を求める。「高度な処置が必要な妊婦は大病院に送ればいい開業医よりも給料が低いのでは、若い人がそちらを選ぶのは当然。公的な病院に勤め、最先端の医療に携わることへの評価を高めるほかない」

 栃木氏もやはり処遇の改善が急務だと訴える。

 「自治体がお金をつぎこんで、公的病院の産科医の処遇を改善するほかない。消費税を1%上げて、産科医療につぎ込んだっていいくらいだ。国も審議会に大学教授を呼んで議論したって何の解決にもならない。現場で苦労している医師を呼んで議論してほしい。早く抜本的に見直さなければ、次には、妊婦は外国で出産するという社会になりかねない」

<デスクメモ> 女性を「産む機械」に例えた柳沢厚労相の発言の余震が続いている。野党は厚労相の辞任を要求して国会審議を拒否しているが、産科医不足は深刻な問題だ。子どもを産み、育てやすい社会にするためにも、この機会に与野党が徹底的に議論すべきだ。発言は不適切だが、いつまでも政争の具にしていいのか。(吉)


http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20070203/mng_____tokuho__000.shtml