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2007年01月30日(火) 00時00分

『あるある』ねつ造 なぜ止まらない? 東京新聞

 関西テレビ制作の「発掘!あるある大事典2」の実験データねつ造問題で、今度はレタスの催眠効果やみそ汁のダイエット効果を紹介した放送でも、内容がねつ造されていた疑いが明るみに出た。背景には健康食ブームもあるが、消費者はなぜ、こうも簡単にひっかかるのか。レタスの催眠効果データがねつ造された渦中の千葉科学大の長村洋一教授(健康食品学)らに聞いた。

 「(ねつ造は)制作会社に抗議する気にもなれないほどばかばかしい内容で、抗議の代わりに講演や学会で情報をきちんと見極める大切さを説く一例として話してきたつもりなのに…」

 長村教授はあまりにも大きな反響に戸惑いながらも、ねつ造の一部始終を話し始めた。

 番組スタッフから「催眠作用のあるアミノ酸の解説と、レタスを食べるとよく眠れることをマウス実験で示してほしい」と依頼されたのは一九九八年十月下旬ごろ。

 「それは知らなかった。おもしろい」とこの申し出を快諾し、レタスジュースを飲ませたマウスと水だけを与えたマウスを五匹ずつ用意して観察した。

 しかし、両者のデータに違いはなく、レタスの量を大幅に増やしてみても変化はなかった。スタッフは残念そうに引き揚げたという。

 しかし、放送ではマウスの動きが止まった映像を流し、「眠ってしまった!」のテロップ。さらに実験とは無関係の研究者が「レタスには即効性がある」とコメントしていた。

 放送を見た学生から「先生、あの映像、ウチの研究室で行った実験なのに、別の先生がコメントしていますよ」と指摘。長村教授自身も「何だこれは」と思ったが、「テレビ常連の研究者へのやっかみと思われたくないし、抗議するのもばかばかしい」と無視していたという。

 ところが、放送から二年ほど後、別の制作会社のスタッフが同様の実験依頼に来たのを機に、インターネット上で「レタス 睡眠」と検索したところ、六千件近くがヒット。しかし、レタスの催眠成分の名前は間違いで、あたかも数枚のレタスを食べただけで催眠作用が得られるとの誤解を与える内容だった。

■一部研究者にもたれ合いも

 「自分の実験結果を悪用した番組が世間では信用され、間違った話が流通している」

 こう感じた長村教授は、食品と健康をテーマにしたその後の百数十回に及ぶ講演で、健康食品の広告や健康本には怪しい情報があり、テレビ番組の情報や登場人物にもいいかげんな部分があると“実例”を紹介してきたのだという。

 では、ねつ造に悪用された当事者から見て、どこに問題があったのか。

 「実験科学の番組を作ろうというのに、制作会社には最初に結論ありきの姿勢が見え見え。番組を成立させるには、科学的なコメントが必要になるが、研究者なのに、番組に都合のいいコメントをした人がいたことも問題だ」。長村教授は制作会社と一部の研究者のもたれ合いを指摘する。

 白インゲンを使ったダイエットをテレビが紹介し、試した視聴者が下痢や嘔吐(おうと)を訴えた事例もあるが、「これも関係した研究者が論文をチェックさえしていれば、症状の出ることは簡単に分かった」。

 ただ、長村教授も「(1)実験をやった(2)難しい化学物質の名前が並ぶ(3)研究者がもっともらしいコメント−この三つがそろうと、もうイメージとしては焼き付いてしまう。関与する研究者の責任は大きいが、あまりにも浅薄な情報に流されやすい人が多くなったことも問題」と、視聴者側の勉強が必要だと強調。そして続ける。

 「薬に万能薬がないのと同じで、研究者もそうそう広範に研究はできない。テレビで何にでも通じている印象を与える研究者がいたら、その言葉を一度は疑ってみる慎重さがほしい」

 納豆にとどまらず、レタスで快眠、みそ汁でダイエットと、まさに、ねつ造も「あるある」状態だったが、山野美容芸術短期大学の中原英臣教授(衛生学)は、単品の食品を取り上げて効果を喧伝(けんでん)する手法を問題視する。

 「番組が見られれば、その食品が売れるというビジネスになっている。実際、これまで、実にいろんな食品が売れた。すべての食物には栄養があるが、その一つを取り出して、いくら効果を強調しても意味がない」

 健康の基本は「正しい生活習慣をおくること」(中原教授)。歯をきちんと磨く、毎日野菜を食べる、よく歩く、適正なBMI値=体重(kg)を身長(m)の二乗で割った数値、22が適正とされる=といったことが大切だ。

 一つの食品が品切れになるほどの熱狂について「『健康教』という一種の宗教に近い。視聴者は正しい生活習慣を身につけ、テレビは科学的、医学的根拠に基づいた健康情報を提供しなければいけないのに、納豆がいいと言われて飛びつくのは、ただ流行を追いかけているだけ。ダッコちゃん人形のブームと一緒」と苦言を呈する。

 健康番組が流行(はや)る背景を「一番大きいのはテレビの視聴者層の変化」と指摘するのは放送評論家の志賀信夫氏だ。

■ネット検索 世代へ過渡期

 「これまでテレビは若い人が見ていたが、今、大学生はほとんどテレビを見ない。一方で、増えているのは、中高年、特に四、五十代の女性で、ドラマも情報番組も、この層をターゲットにしている。彼女たちが特に関心が高いのが健康。さらに、今回の納豆のように、伝統に科学を絡めたものが非常に人気があり、視聴者がひっかかりやすい」

 志賀氏は「若い世代は、テレビの情報についてネットで検索するが、中高年にはそういう習慣がなく、そのまま受け取りやすい」と指摘するが、「ただし、ネットを使える中高年も増えていくので、いずれテレビを真に受けた騒動はなくなるだろう。今は過渡期」。

 日本消費者連盟の富山洋子代表運営委員は「健康、美容、ボケない、頭が良くなる、は私たちの願望。この四つの情報があふれるのは今に始まったことではない」と前置きした上で、「今の社会状況を考えれば、不安を煽(あお)られているのではなく、本当に不安を感じている人が多い。医療費負担が増え、支え合うきずながバラバラになり、知恵が分断されてしまった。不安に苛(さいな)まれた人につけ込んだことは許せない」と批判する。

 番組のねつ造防止には、テレビ局のチェック機能強化や、制作者の意識改革などが求められるのは言うまでもないが、受け手側も、上手に情報に向き合う必要がありそうだ。

 富山氏は「テレビに限らず、マスコミの情報にご用心を。すべての情報がまがいものではないが、願望に“つけこんでいる”のか、“応えている”のか見極める目を養うこと。それが丁寧に暮らしにかかわること、言い換えれば、主体的に暮らしにかかわる、ということです」と提言する。

 先の中原教授は、こう念を押す。

 「ある食品を食べるだけでやせられるなんて、ありえない。やせるとしたら、有毒か、腐っていておなかを下したからで、よく考えれば、おかしいとわかるはずだ。日本人は思考停止している。いいかげん、視聴者も自分の頭で考えてほしい」

<デスクメモ> 記者を長くやっていても、当初の狙い通りに記事になることは珍しい。むしろ、正反対の結論になったり、途中で軌道修正することが日常茶飯事だ。最初に結論ありきはあってはならないが、思い込みは取材で淘汰(とうた)されるという考えは今も変わりはない。問題は誤りに気づいた時の迅速な対応だ。 (吉)


http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20070130/mng_____tokuho__000.shtml