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2007年01月30日(火) 00時00分

立証、本人証言に壁朝日新聞

●目撃情報が頼りに

 「立って後ろを見て下さい。傍聴人がたくさんいます。あなたが言っていることを信じてくれる人がいますか」

 25日の千葉地裁306号法廷。知的障害の少女(当時14)にわいせつ行為をしたとして起訴された男性運転手(62)の公判。「スキンシップとしてやった」と弁解した被告に対し、男性裁判官の声がこだました。

 検察側の冒頭陳述などによると、運転手は入所施設と養護学校の送迎を担当していた。少女は脳性まひによる障害があり、知的年齢は3〜4歳。抵抗したり、被害を訴えたりすることは難しい。運転手の行為を確認できたのは、施設園長の目撃証言だった。

 捜査関係者は振り返る。「目撃情報がなければ、被害を立証することは難しかった」

●助詞話せず 理解されず

 しかし、目撃証言があるのはまれだ。

 東庄町の知的障害者更生施設「香取学園」に入所していた長女(40)が施設内での虐待でけがを負ったと主張する両親は22日、千葉検察審査会に審査の申し立てをした。

 両親によると、長女は86年6月〜00年12月、当時の職員から両手にたばこの火を押しつけられてやけどを負ったり、けられて左ひざの骨を折られたりしたという。現在も自力では歩けず、車イスで暮らす。

 両親は警察に被害を訴えた。施設側は虐待を否定。刑事罰を問えたのは、目撃証言が得られたたばこによる虐待だけだった。このため、両親は民事訴訟による被害の救済を目指してきた。

 唯一の証拠は、長女が職員の名前を挙げて「けった」と話したこと。だが、01年に始まった訴訟で、長女が助詞を話せないことが問題になった。

 一審、控訴審とも、証言は「女性職員がけった」「女性職員をけった」の両方の意味にとれるとして、「(証言の)信用性が高いとは言えない」と判断。訴えをほぼ棄却した。

 両親は最高裁に上告するとともに、傷害容疑で元職員を告訴したが、06年12月に嫌疑不十分で不起訴処分となった。検察審査会の結果を待つが、時効は3カ月後に迫っている。

 父親の林康次郎さんは「司法の場では知的障害者の特性が理解されておらず、勝訴が難しい。今後、泣き寝入りする人が出ないためにも頑張りたい」と話す。

●口座から確認し起訴に

 「被害」の確認が難しいのは、知的障害者だけではない。認知症(痴呆(ちほう)症)の高齢者も同様の悩みを抱える。

 千葉地検にとって、ほろ苦い体験となったのは、06年6月に千葉地裁で懲役6年の実刑判決(控訴中)を受けたヘルパーの女(48)による派遣先での着服事件だ。

 被害者は認知症の男性(当時79)で、被害総額は約4100万円。女は否認。「被害者の記憶があいまい」として、地検木更津支部が04年12月に不起訴にしていた。

 だが、その後、男性の親族からの申し立てを受けた木更津検察審査会が審査を開始。千葉地検は「はっきりしないから立件しないのでは問題だ」と判断。県警と共に再捜査した結果、被害者の口座から引き出された金の大半が最終的に女の口座に振り込まれていたことなどを確認し、逮捕・起訴につなげた。

 各地で高齢者を狙ったリフォーム詐欺が横行した時期で、地検は「今後は社会的弱者が被害者になった場合、証拠収集上の難点があっても、真相を積極的に解明していきたい」とコメントした。

 もちろん、「疑わしきは被告人の利益に」が刑事裁判の大原則で、捜査もそれに耐えられるだけの厳密な立証が求められる。

 ある捜査関係者は「社会的弱者は声を上げることすら困難で、私たちが把握している被害は氷山の一角だ。一番守るべき弱者をきちんと救う方法はないか」と話す。

   ◇

 知的障害者や認知症の高齢者ら社会的弱者が犯罪に巻き込まれる事件が後を絶たない。しかも、記憶力や表現力に障害がある場合、被害の実態が明らかにできないため、加害者側の責任を問えなかったり、被害救済が進まなかったりするケースが出ている。捜査・司法の場で、どのような取り組みが求められているのか。現状や新たな取り組みを随時報告する。(南彰、長富由希子)

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ご意見や体験をお寄せ下さい。連絡先は、〒260・0013 千葉市中央区中央3丁目10の4、朝日新聞千葉総局「社会弱者の司法」係へ。ファクス(043・223・1931)や電子メール(chiba@asahi.com)でも受け付けます。

■社会的弱者が「被害」を訴えた県内の主な事例

●東庄・知的障害者施設虐待事件(86〜00年発生)

 入所者の女性が畳に押さえつけられて、手にたばこの火を押しつけられたり、けられて足の骨を折ったりしたとされる。たばこによる傷害事件では3人の職員が傷害罪で10万円の罰金刑。他の虐待については、民事訴訟の一、二審では認められなかった(上告中)。

●富津・ヘルパー着服事件(02年発生)

 ホームヘルパーの女が、派遣先の認知症の男性から計約4千万円をだましとったとされる。女は否認。地検支部も一度、不起訴処分にしていた。再捜査の末、起訴し、地裁が有罪判決(控訴中)。

●浦安・特殊学級わいせつ事件(03年発生)

 同じ学級に通う2人の知的障害の女児が「性的虐待による心的外傷後ストレス障害(PTSD)」と診断された。担任の男性教師が強制わいせつ容疑で逮捕・起訴されたが否認。刑事裁判では「(被害者の)証言があいまいで日時などが特定できない」として無罪が確定した。現在、民事訴訟で性虐待の有無が争われている。

●船橋・特養老人ホーム傷害事件(05年発生)

 船橋市の特養老人ホームの個室で、介護士の女が認知症の女性に暴行を加え、肋骨を9本折るなどの重傷を負わせたとされる。逮捕直後は否認したが、地裁が有罪判決(確定)。

●御宿・認知症老人被害の準詐欺事件(04〜05年発生)

 御宿町の女が、認知症の知人女性からキャッシュカードを預かり、約1千万円をだまし取ったとされる。逮捕直後は否認したが、地裁が有罪判決(確定)。

http://mytown.asahi.com/chiba/news.php?k_id=12000340701300001