記事登録
2007年01月29日(月) 20時47分

NHK番組改変訴訟 判決理由の要旨朝日新聞

 東京高裁が「NHK番組改変訴訟」控訴審で29日、言い渡した判決理由の要旨は次の通り。

 1 バウネットなどの本件番組についての期待と信頼 一般に、放送事業者が番組を制作して放送する場合、取材によって得られた素材を編集して番組を制作する編集の自由は、取材の自由、報道の自由の帰結としても憲法上も尊重されるべき権利であり保障されなければならない。これが放送法3条の趣旨にも沿うところで、取材過程を通じて取材対象者が何らかの期待を抱いても、それによって、番組の編集、制作が不当に制限されてはならない。

 他方、取材対象者が取材に応ずるか否かは自由な意思に委ねられ、取材結果がどのように編集・使用されるかは、取材に応ずるか否かの決定の要因となり得る。特にニュース番組とは異なり、本件のようなドキュメンタリー番組または教養番組では、取材対象となった事実がどの範囲でどのように取り上げられるか、取材対象者の意見や活動がどのように反映されるかは取材される者の重大関心事だ。番組制作者の編集の自由と、取材対象者の自己決定権の関係は、取材経過などを検討し、取材者と取材対象者の関係を全体的に考慮して、取材者の言動などにより取材対象者が期待を抱くのもやむを得ない特段の事情が認められるときは、編集の自由も一定の制約を受け、取材対象者の番組内容に対する期待と信頼が法的に保護されるべきだ。

 期待と信頼を故意または過失により侵害する行為は、法的利益の違法な侵害として不法行為となると解するのが相当だ。

 ドキュメンタリージャパン(DJ)の担当者の、提案票の写しを交付して説明した行為、DJの女性法廷の準備から開催、終了までを網羅する周到な取材活動とこれに対するバウネット側の協力などにかんがみれば、バウネット側が、番組は女性法廷を中心的に紹介し、法廷の手続きの冒頭から判決までを概観できるドキュメンタリー番組かそれに準ずるような内容となるとの期待と信頼を抱いたことが認められる。

 2 バウネット側の期待と信頼に対する侵害行為 放送された番組は女性法廷が中心的に取り上げられてはいるものの、起訴事実、加害兵士の証言、判決の説明などが削除されたため、女性法廷の主催者、趣旨、審理対象、審理経過などを認識できず、素材として扱われているにすぎないと認められ、ドキュメンタリー番組などとは相当乖離(かいり)したものとなっている。バウネット側の期待と信頼に反し、侵害するものだった。

 01年1月24日の段階の番組内容は、バウネット側の期待と信頼を維持するものとなっていた。

 しかし、同月26日に普段番組制作に立ち会うことが予想されていない松尾武放送総局長、野島直樹国会担当局長が立ち会って試写が行われ、それらの者の意見が反映された形で1回目の修正がされたこと、番組放送当日になって、松尾総局長から3分に相当する部分の削除が指示され40分版の番組を完成されたことなどを考慮すると、同月26日以降、番組は制作に携わる者の制作方針を離れた形で編集されていったことが認められる。

 そのような経緯をたどった理由を検討する。本件番組に対して、番組放送前にもかかわらず、右翼団体などからの抗議など多方面からの関心が寄せられてNHKとしては敏感になっていた。折しもNHKの予算につき国会での承認を得るために各方面への説明を必要とする時期と重なり、NHKの予算担当者や幹部は神経をとがらせていたところ、番組が予算編成などに影響を与えることがないようにしたいとの思惑から、説明のために松尾総局長や野島局長が国会議員などとの接触を図った。その際、相手方から番組作りは公正・中立であるようにとの発言がなされたというもので、この時期や発言内容に照らすと、松尾総局長らが相手方の発言を必要以上に重く受けとめ、その意図を忖度(そんたく)してできるだけ当たり障りのないような番組にすることを考えて試写に臨み、その結果、直接指示、修正を繰り返して改編が行われたものと認められる。

 なお、原告らは、政治家などが番組に対して直接指示をし介入したと主張するが、面談の際、政治家が一般論として述べた以上に本件番組に関して具体的な話や示唆をしたことまでは、証人らの証言によっても認めるに足りない。

 3 説明義務違反 放送番組の制作者や取材者は、番組内容や変更などについて説明する旨の約束があるなど特段の事情があるときに限り、説明する法的な義務を負う。

 バウネットには本件番組の内容について法的保護に値する期待と信頼が生じた。被告らはそのことを認識していたのだから、特段の事情がある。

 番組改編の結果、担当者による当初の説明とは相当かけ離れた内容となった。バウネットは、この点の説明を受けていれば、被告らに対し番組から離脱することや善処を申し入れたり、ほかの報道機関などに実情を説明して対抗的な報道を求めたりすることができた。被告らが説明義務を果たさなかった結果、その法的利益を侵害された。

 他方、取材対象者は番組制作者に対し、取材されたからには必ず報道することを求める権利までは有するものではない。

 4 被告らの不法行為の成否 NHKは、DJなどを排除し、かつ番組制作担当者の制作方針を離れてまで、国会議員などの意図を忖度して当たり障りのないように番組を改編したのだから、その責任が重大であることは明らかである。 

    ◇

 朝日新聞はNHK番組改変問題の報道で「改変」と表記していますが、判決理由要旨では判決文の表記に従って「改編」を使用しました。

http://www.asahi.com/national/update/0129/TKY200701290340.html