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2007年01月26日(金) 13時20分

お産の現場、パンク寸前 医師不足に「過失」起訴も影響朝日新聞

 出産前後の治療を担う周産期医療の現場が厳しさを増している。医師不足に加え、昨春、福島県立大野病院の医師が業務上過失致死罪で起訴された事件も影を落とす。事件後「リスクを避けたい」という医師や妊婦の心理が大病院への分娩(ぶんべん)集中を招き、医療機関の連携がうまくいかなくなった地域もある。厚生労働省は特定の病院に医師を集める「集約化」で事態の打開を図ろうとする一方、宮崎県は独自のネットワークづくりで成果を上げている。

■大病院に分娩集中

 福島県立医大病院(福島市)に昨秋、産婦人科医が3人いる県南部の総合病院から「初産で前置胎盤」という妊婦が送られてきた。胎盤が子宮の出口を覆う前置胎盤は大量出血の可能性がある。

 医大病院は、出産リスクの高い妊婦の受け入れや高度な新生児医療を行う県内唯一の「総合周産期母子医療センター」に指定されている。検査の結果、リスクはほとんどないと思われた。

 しかし、いくら説明しても「医大でお願いします」。妊婦側も、お産に「不安のかたまり」となっていた。結局、医大病院で出産したという。

 総合病院や妊婦の不安の背景には、県立大野病院で起きた事件がある。子宮にくっついて離れない癒着胎盤を無理にはがしたため、妊婦を失血死させたとして医師が刑事責任を問われた事件だ。26日、初公判がある。

 福島市内の開業医の一人は「常に事件のことが頭の隅にある」。事件後、県内の開業医や総合病院はわずかでも妊婦にリスクがあると、医大病院に送るようになった。「リスク回避」の動きは他県でも広がっている。

 厚労省は96年から、周産期を支える医療体制の整備を都道府県に求めてきた。(1)「総合周産期母子医療センター」を原則1カ所以上つくる(2)比較的高度な医療ができる「地域周産期母子医療センター」を、総合センターのほかに数カ所、整備するというものだ。

 総合センターは、24時間体制で産科担当の医師が複数勤務する母体・胎児集中治療管理室(MFICU)を「6床以上」置くことなどが要件となっており、39都道府県に62施設ある。

 総合センターがない奈良県の町立病院で昨夏、出産中の妊婦が意識不明となった。奈良、大阪の計19の病院に受け入れを断られ、約6時間後、国立循環器病センター(大阪府吹田市)に到着。脳内出血と分かり緊急手術で男児を出産したが、母親は8日後に死亡した。

 同県では、妊娠中に異常が起きた時の受け入れ先として県立奈良病院(奈良市)と県立医大病院(橿原市)が指定されている。だが、両病院を合わせても新生児集中治療管理室(NICU)は30床、MFICUは4床しかなく、満床状態が続く。このため患者の県外搬送は常態化していた。

 奈良県が頼りにしてきた大阪府も周産期医療システムが揺らいでいる。

 全国に先駆けて、空きベッド状況などをパソコンで検索できる「産婦人科診療相互援助システム」をつくり、搬送の迅速化に努めてきたが、最近は1件目の電話で搬送先が見つかるケースは半数にとどまるという。府立母子保健総合医療センターの末原則幸・産科部長は「地域の中核病院で産科の閉鎖や分娩制限が起き、センターに正常分娩や、さほどリスクが高くない出産まで集中した。搬送依頼を受けた当直医が緊急手術などの一方で病院探しをするほどだ」と話す。

 厚労省は05年暮れ、医師不足対策として産科の集約化を今年3月までに検討するよう都道府県に通知を出した。日本産科婦人科学会で医師不足問題を担当する海野信也・北里大教授は「診療機能の集約化より先に患者の集中が起きた。総合センターでさえ、医師は月平均7回も当直している。分娩料を早急に引き上げ、少しでも労働条件の良い施設を増やしてほしい」と話した。

■厚労省 医師足りず「集約化」、宮崎県は「地域分散型」で成果

 一方で、総合センターの空白自治体の一つである宮崎県は「一極集中型」でなく、「地域分散型」のシステムを作り、成果を上げている。

 県北から県央の宮崎市まで車で2時間程度かかる。そのため、地域の開業医(1次施設)のほかに、北部、中央、南部、西部にある六つの総合病院を地域の基幹病院(2次施設)と位置づけ、県立宮崎病院(宮崎市)と宮崎大病院(清武町)を3次施設とするネットワークを整えた。患者の搬送は開業医などの1次施設から2次施設まで約30分、2次施設から3次施設まで、ほぼ1時間でいけるようにした。

 01年から5年間の同県内の分娩数は約5万3000件。同期間の母体の救急搬送は192人。うち3次施設に送られたのは29人で、多くは2次施設で対応できている。

 かつて宮崎県は周産期死亡率(妊娠22週から出産後7日未満の胎児と赤ちゃんの死亡率)が全国一悪かった。94年の死亡率が出生数1000件当たり7.5とワースト1だった。その直前から、地域性を考えた連携システムと、新生児医療も担える産科医の養成に力を入れた結果、04年の死亡率は3.1(全国平均5.0)と最低になった。

 搬送より医師が出向いたほうが早いと判断すれば2次施設の医師が開業医のもとへ支援に行く。2次施設にハイリスク分娩が集中した場合、開業医が病院を手伝うという態勢も整う。また、2次、3次施設の産科医らが年2回集まり、母親や赤ちゃんの全死亡例を検証する検討会を開催。教訓は再発防止のためにすべての分娩施設に伝えられている。

 システムづくりの中心となった池ノ上克・宮崎大教授は「周産期医療の体制整備は地域の実情に応じてやっていくしかない」と話した。

http://www.asahi.com/life/update/0126/010.html