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2007年01月14日(日) 16時31分

相次ぐ家族間の遺体切断殺人 兄が妹を、妻が夫を朝日新聞

 兄が妹を、妻が夫を殺し、その遺体をバラバラにする。東京・渋谷で、陰惨な事件が相次いだ。捜査にあたる警視庁幹部は「衝動的に殺してしまうところまでは理解できても、遺体切断という行為への飛躍を埋める答えはなかなか見つからない」と語る。「家族の遺体」をモノのように扱う心。そこに至るまでに、何があったのか。

 歯科医師の長女武藤亜澄さんが殺害された事件。死体損壊容疑で逮捕された次兄の勇貴容疑者の弁護士は11日の記者会見で、遺体切断に及んだ事情をこう説明した。

 「とりあえず、そのままにしておくわけにはいかない、ということだった。率直に本人の言葉を整理すると、そうなる」

 一般に家族間の殺人では、殺害後も、毛布をかぶせたり目を閉じさせたりと遺体が大事に扱われることが多い。殺害行為は瞬時で終わるが、遺体切断には時間がかかる。我に返る機会もある。

 にもかかわらず、なぜ実際に切断するまでエスカレートしたのか。その心中は弁護士もつかみかねている様子だ。ただ、心理学の専門家らは容疑者を「血も涙もない冷酷な性格」とみなすのは間違いだと口をそろえる。

 「遺体をバラバラにするのは、発見されたくない、捕まりたくないという強い自己保身の心理が犯人にあるから。本人の性格の残虐さとは関係ない」と上野正彦・元東京都監察医務院長は指摘する。実際のバラバラ殺人は「1人では遺体を運ぶ力のない弱者が起こす」「遺体を埋める場所のない都会で起きる」といったケースが多いという。

 三橋祐輔さんが殺害された事件では、妻の歌織容疑者が「遺体は想像以上に重く、自分1人では動かすことが困難だった。一刻も早く、自分の目の前から取り去ってしまいたかった」という趣旨の供述をしている。

 その一方で、捜査本部は「身元がわからないようにしたかった」という心理や、夫に対する強い憎しみの感情も確認している。いくつもの要素が合わさって切断に至ったとの見方だ。

 家族なのにどうしてこんな残酷なことをするのか——。「死体を探せ!」などの著書のある美術評論家の布施英利さんは、「家族なのに」ではなく、「家族だから」と考える。身近な人の死を人間はすぐに受容できない。だから死を受け入れるための儀式として葬式を開く。「今回はその儀式が異常な形で現れたのではないか」

 ●裕福な家庭、識者は注目

 「家族のあり方を改めて考えさせられる事件だ」。捜査幹部は背景にある家族関係にも強い関心を寄せている。

 片方は歯科医の一家。もう片方は高級マンションに住む「スマート」な印象の夫婦。二つの事件がともに経済的に恵まれた家族内で起きた点に注目するのは、京都女子大の井上真理子教授(犯罪社会学)だ。

 「社会全般では離婚率が高まっているが、豊かな家庭では家族のまとまりを維持しようという傾向が今も強い。その分、家を出たり、別れたりしないまま様々な問題を内側に抱え込んでしまう」。二つの事件は、それが遺体切断という極端な行為に表れてしまった例とみる。

 斎藤学・家族機能研究所代表(精神医学)は、なぜ遺体切断にまで至ったかは量りかねるという。「現代は忙しすぎて生きた人間との交流が二の次になっている。自らの衝動を統制する能力や、相手に共感する能力が欠落してきているのかもしれない」とする。

 ●夫婦・きょうだい 10年間で事件急増

 警察庁によると、遺体をバラバラにする死体損壊や死体遺棄の件数は96年から05年まで計80〜110件程度で横ばいだ。一方、親子や夫婦、きょうだい間の殺人事件や傷害事件をみると、同じ10年間で増加傾向にある。

 たとえば、夫婦(内縁関係を含む)間の殺人は4割増の218件、傷害は4倍余の1342件だった。きょうだい間の殺人も50件で3割増。傷害は3.3倍の256件に上った。

 こうした増加の一因は、家族間のトラブルでも被害を警察に届け出るように社会意識が変化した結果だと警察庁はみている。ただ、傷害の増え方が急なうえ、殺人のように以前から家庭内では隠せなかった事件も増えており、「単に意識の変容だけでは説明がつかない。家族間の人間関係の悪化がうかがえる」(同庁幹部)という。

http://www.asahi.com/national/update/0113/TKY200701130331.html