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2007年01月13日(土) 00時00分

無料コミック“奥の手”で参入 東京新聞

 日本で初めての無料週刊コミック誌が十六日、創刊される。首都圏の駅で十万部を配布するという。今月四日には吉本興業がコミック誌創刊を発表。全体に縮小傾向ながら約五千億円を維持するコミック市場に、目新しい新規参入が相次ぐことになる。一方、電子配信という急伸分野が紙発行との矛盾も生み始めているコミック市場。いま何が起きているのか。

■首都圏の駅周辺 10万部を手渡し

 初の無料週刊コミック誌「コミック・ガンボ」は、毎週火、水曜日に首都圏約三十カ所の駅で、十万部すべてが手渡しされる。サイズは既存誌と同じB5判。既存誌の約半分の二百ページ強に、長短合わせて十五本ほどの作品を掲載する。

 「無料にする理由は簡単。いまから新しく漫画雑誌を作っても、既存の雑誌に勝てる気が全くしなかった。現実的に考えても見知らぬ雑誌に三百円出してもらうのは不可能。無料なら、とりあえず読んでもらえる」

 ガンボを創刊する株式会社デジマの甲斐昭彦社長兼編集長(36)は、こう説明する。

 パイの争奪戦を避けて無料で出すという発想は単純でも、そう簡単に踏み切れるものなのか。「うちは昨年八月にできたベンチャーで、これしか事業はないから迷いはない」という。

 肝心の中身については「二十−四十代の男性サラリーマンがターゲットという以外は、特に決めていない。有料なら、ある程度方向を絞る必要があるが、無料なのでオールターゲットでいきたい」という。ただ、誰が手に取るかわからない無料配布の特性上、過激な性描写は禁止。新人発掘も行うが、売れっ子作家も起用する。

 受け取り損ねた人や地方の人はインターネットでも無料で読めるが、あくまで主体は「紙媒体」という位置付けだ。

 発行部数の十万部について、甲斐編集長は「全国展開の人気雑誌でも三十数万部。『ガンボ』は首都圏だけだから、計算上は人気雑誌と同程度の読者を確保できる」とみる。

 甲斐編集長は大手広告代理店を退職後、ベンチャー企業数社に勤めたが、出版事業は初めて。コミック好きが高じ、自分で雑誌を作りたいという一念で同社を立ち上げたという。編集経験のあるスタッフから、無料の週刊発行がいかに無謀なことか説明されたようだが、思い入れをこう語る。

 「自分が好きなものはみんなも好きだと信じている。漫画は小説や映画と同じエンターテインメントの一つ。漫画に触れられる機会を増やし、漫画ならではの面白さを知ってほしい」

■吉本興業も今春 独自路線で創刊

 一方、お笑い業界の盟主・吉本興業も今春、青年向けコミック誌を創刊し、出版業界に本格参入すると発表した。発行部数は二十五万部が目標という。

 ターゲットは三十五歳前後の男性で月二回発行、書店・コンビニ店での販売という点は、既存の青年向けコミック誌とほぼ同じだが、大きな特色は作家陣。桂三枝さんの創作落語を原案に、「総務部総務課山口六平太」などで知られる漫画家の高井研一郎さんが描くなど、「表紙から丸ごと一冊、すべての作品に吉本興業のタレントらがかかわっているというのが特徴」(同社担当者)。

 吉本興業は携帯サイト、専門チャンネルの運営、テレビ番組の制作など、あらゆる「出口」を持ち、そこにコミック誌という新たな出口が加わることになる。

■「少年ジャンプ」600万部が半減も

 コミック界はCD・レコード界を上回る「五千億円市場」と呼ばれる。だが、ここ数年の「雑誌不調」はコミック誌も例外ではない。

 出版科学研究所によると、二〇〇六年一−十月の雑誌全体の売り上げは前年比4・7%減。日本雑誌協会(雑協)販売委員会の担当者も「一九九六年に六百万部と言われた『週刊少年ジャンプ』も現在は約三百万部」と話す。

 コミック界は大手の集英社、小学館、講談社がシェアの六割を占める寡占市場だ。その一角である小学館の広報室も「コミック誌はここ十年間、下降を続けている」と認める。

 ただ、五千億円のうち、半分をやや上回る単行本(コミックス)の売り上げについては「業界としてここ三年、前年並み。当社も同じ」(小学館)、「コミックス市場は成熟期を迎え、ヒット作の有無により毎年前後5%程度で推移している」(講談社の販売担当者)という。

 では、なぜコミック誌が下降するのか。講談社の担当者は「特に青年向けコミック誌は通勤の合間など、余暇時間の消費財とみてきた。その余暇時間が携帯電話に奪われつつある」と解説する。携帯電話のゲームや端末を通じた情報がコミック誌に取って代わったというのだ。

 そのため、大手各社は紙の媒体ではなく、携帯電話やパソコンを通じた展開を追求し始めている。実際、小学館では「この一年で、コミック関連に限っても(電子配信の)売り上げは十三倍」と急成長した。民間シンクタンク・インターネット生活研究所の調べでは、〇五年度の電子コミックスの市場規模は三十四億円と電子書籍市場の36%を占めている。

 こうした電子化の影響は、一見、数字的には変化の少ないコミックス市場にも表れているという。

 月刊「創」の篠田博之編集長は「かつては雑誌の連載を読み、気に入った作品のコミックスを購入した。いまは違う。雑誌と無関係にアニメやテレビドラマなどで話題になった作品の原作を読みたいとコミックスを買う」と指摘する。コミックスを買うまでの読者の流れが激変したというのだ。

 ある編集者は「昔の漫画編集者は作家をどれだけ確保しておけるかに気を使えばよかった。いまはテレビドラマ化、実写映画化、アニメ化を意識し、その分野にも精通していなければならない。面白い作品ならドラマにもなるだろうという紙(雑誌)重視の姿勢はもう通らない」と語る。

■「ネットは無料」利用者に根強く

 コミック界はこうした電子化、他の媒体との提携といった多様なメディア展開へ大きく舵(かじ)をきっている。もちろん、変革期特有の現場の悩みもある。

 小学館の担当者は「雑誌の購買層とネット利用者は必ずしも重ならない。新規開拓につながる」と楽観的だが、講談社の担当者は「電子化の流れは、必然的に雑誌の伸び悩みを助長しかねない」と懸念。さらに「インターネットは無料という意識が利用者には根強く、試読の反応はよいが、有料になると落ちるという状況もある」と苦悩する。

 では、作家の立場からみるとどうなのか。隔月刊漫画雑誌「アックス」の手塚能理子編集長は「電子化で一時期、うちにも漫画の版権を買いたいという要望が殺到したが、月に千円など作家の収入にはつながっていない」と指摘する。

 雑協の担当者は「コミック誌は将来、フリーマガジンやネットに凌駕(りょうが)されるのではないか」と悲観的だ。

 現在はその過渡期なのか。前出の篠田氏はこう話す。「業界の編集者には紙媒体が新人の発掘、育成に貢献するという意識も強い。しかし、市場はそれと逆行している。この矛盾は当面拡大するばかりだろう」

<デスクメモ> 「大人が電車の中で漫画を読んでいる」。欧米人の否定的な日本観のひとつだ。いまは日本漫画の質の高さが見直されてきている。ただ、満員電車の中で無理やりページを広げるご仁には腹が立つ。先日も頭の上でページを広げられ、キッと振り返ると一九〇センチ以上の大男。大人の対応でトラブルは避けた。 (里)


http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20070113/mng_____tokuho__000.shtml