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2007年01月10日(水) 00時00分

最愛の「オタク夫」読売新聞


婚姻届を出してからちょうど1年を迎えた2人。出かけるときは手をつなぐ(神戸市内で)
キャリア女性 59番目の結論

 2006年12月31日深夜。格闘技のテレビ中継が流れる神戸市内のマンションの一室で、こたつに入った2人は、1日早いおせち料理をつつき始めた。

 婚姻届を出してからちょうど1年。どてらを羽織った妻(31)は、夫(33)のがっしりとした胸に寄りかかり、穏やかな笑顔を見つめ直した。「やっぱり私、間違っていなかった」

 最初は恋愛対象ですらなかったが、今では最愛の存在。心から理解し合える相手を探し求め、最後にたどり着いたのは、格闘技とアニメが大好きなオタク男だった。

 「これまで何人の男と付き合ったのかなあ」

 04年夏。一人暮らしの自宅ベッドで天井を見ていると、そんな思いが急によぎり、眠れなくなった。たまらず起きあがり、新聞のチラシ広告の余白に思い出すまま名前を書いた。26人目になったところで、パソコンに打ち込み始めた。

 18歳の相手が1番目。実直な銀行マン、才気あふれる広告関係のクリエイター……。告白されただけの人を含めて、58人もいた。

 父は小学生の時に家を出ていった。母はよく深酒して、手首を何度も切った。こうした環境に嫌気が差し、自立ばかりを考えていた。国立大学を卒業後、大手広告会社に就職、6年後には広告関係のコンサルタントになった。

 阪神大震災に襲われた直後、被災地で偶然出会った父は、「お前、生きてたんか」と言うと、自分の恋人を探しにそのままどこかへ行ってしまった。親が注いでくれなかった愛情を求めていたのかもしれない。お金には困らなかったからこそ、理想の相手には特別な「何か」を求めていた。

 「納得できる人なんていないかもしれない」。パソコンの画面を見ながら、胸が苦しくなった。

 そのころ、行きつけの近所のバーで、安物のトレーナー姿にぼさぼさ頭の男が、声をかけてきた。「それ、ガンダムですか」。たまたま、携帯電話の着信音に使っていたアニメ番組のセリフが響いた直後だった。

 「もてなさそうな人だな」。彼氏としては「ありえなかった」が、アニメや格闘技の知識が驚くほど豊富で、話に引き込まれた。その後、同じバーで何度か顔を合わせ、初めて自宅に送ってもらう途中、いきなり手をつかまれた。「この手を一生離したくない」

 その場は相手にしなかったが、押しの強さに引きずられデートを重ねるうち、新たな気持ちが芽生えてきた。過去の恋で傷ついた経験を、朝まで床に座って聞いてくれた。別の男性と出かけて口説かれたことを打ち明けるか悩んでいた時、「全部受け止めると約束した」と言い切ってくれた。格好の悪い、素のままの自分でも愛されるかもしれない。こだわりの強いところも似ていて、妙に話が合う。今までは相手に合わせてばかりいた——。

 一方のオタク男は、20歳前後に漫画とゲームの引きこもり生活を2年間続け、今は倉庫関係の会社員。はっきり物を言う、さっそうとした美人は高根の花だったが、「はっきりしない人生は、いい加減終わりや」と気持ちをぶつけた。

 妻は、2人が結婚するまでの物語を「59番目のプロポーズ」(美術出版社)というタイトルで出版、独身女性を中心に幅広い共感を呼んだ。

 これを原作にした同名のドラマで、キャリア女性を演じた人気女優、藤原紀香さん(35)も、共演するまでよく知らなかったという、オタク男役のお笑いタレント、陣内智則さん(32)と、今年2月の結婚が決まった。藤原さんはテレビカメラの前で、「彼の前ではありのままでいられた」と語った。妻には、その気持ちがよくわかる。「私もやっと自分らしくなれたから」

 そして、武骨な夫の顔をいとおしく見つめた。「ときめきはどんどん強くなる。新しい恋をしなくていいと思うと、うれしくって、うれしくって」

独身者の半数「巡り合わない…」

 「理想の相手」はどこにいる——。国立社会保障・人口問題研究所が06年9月にまとめた「結婚と出産に関する全国調査」=グラフ=では、25〜34歳の独身男女の半数近くが、結婚できない理由について「適当な相手に巡り合わないから」と答えている。

http://www.yomiuri.co.jp/komachi/news/rensai/20070104ok07.htm