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2007年01月09日(火) 00時00分

卒婚—二人の発見読売新聞


子どもが幼いころ、よく訪れた東京・練馬区の自宅近くにある公園で。守穂さん(右)・立美さん夫妻にとって思い出の場所だ
東京—金沢12年 通い合う愛

 金沢市にある妻の自宅で、ようやく2人はおとそ気分で杯を合わせた。年始のあいさつ回りを慌ただしく終えた2日夜。日が暮れると、冷え込みは東京より一段と厳しい。

 帰りの飛行機に話が及ぶと、つい何百回と通った羽田空港の話題になった。「見送るより、見送られる方が妙に寂しいでしょ」。「そうそう」。結婚して今年で35年目。2人は口をそろえる。「いまもパートナーにときめく」

 東京に住む中央大教授の広岡守穂(もりほ)さん(55)と、金沢に住む石川県議の立美(たつみ)さん(54)が、互いの家を行き来する生活を始めて、12年がたった。

 「このままでは自分が干からびてしまう」。20歳代から30歳代。立美さんの心は悲鳴を上げていた。

 金沢の中学の同級生だった守穂さんと付き合い、21歳で長男を身ごもった。富山大を中退、東京で結婚生活を始めて、さらに4人を授かった。それでも、育児に追われながら、自分がやり残した「何か」を探し求めた。ラジオの英語講座、大学の聴講。税理士も目指した。しかし、どれも続かない。

 そのころ、守穂さんは、助手から助教授に。現代文化論などの著書を出して、テレビにも登場するようになっていた。毎日を楽しそうに話す守穂さんに、立美さんは「どんどん遠ざかる」と感じていた。ささいなことで子どもをしかり、「お母さんのようにはならないから」と返された。

 守穂さんは、疲れ切った表情で子育ての悩みを語る立美さんに、「どこかで幻滅していた」。さっそうと働く女性たちが魅力的に見えたのもそのころだ。

 下の子が小学校に上がるころ、立美さんは過労で1か月半入院。心身ともに追い詰められていた。「2人の危機」(守穂さん)が続いた。

 東京と金沢の二重生活が始まったきっかけは、金沢に住む守穂さんの母親の介護だった。立美さんが小中学生だった下の子3人を連れて一緒に住むことになり、守穂さんは高校と大学に通う上の子2人と東京に残った。「家族が離れてうまくやっていけるのか」

 だが、離れているからこそ、支え合う意識が強くなった。金沢の大学でも講師を務めていた守穂さんが毎週、妻のもとに通い、立美さんは「一緒の時はきれいな自分を見て欲しい」とおしゃれをした。電話を毎日欠かさず、2人で歩く時は自然と手をつないだ。

 夫と離れた立美さんは、たくましくもなった。介護と育児の傍ら、中学からの友人たちと、介護やボランティアなど様々なことを話し合う中で人脈が広がり、外で積極的に発言するようになった。守穂さんはいたわりの気持ちを忘れないようになった。

 「りりしい人になった」(守穂さん)、「私を理解しようと努力してくれた」(立美さん)。互いの見方が変わってきた。

 立美さんは4年後、自ら手がけたミニコミ誌関係の仲間に推され、県議選に立候補し当選。ますます会う機会が少なくなった。守穂さんが金沢に通うだけではなく、立美さんが上京、夜に羽田空港近くのホテルで落ち合って朝一番にとんぼ返りしたこともあった。「2人の時がとても貴重になった」

 子どもたちも応援した。久しぶりに会った時は、気を使って友達の家に出かけてくれた。「息子に『うちの家族は仲いいね』と言われた時はうれしかった」。守穂さんは笑う。今では4人が独立、末っ子も大学4年になった。

 「卒婚」。知人のノンフィクション作家から贈られた言葉だ。これまでの苦労を前向きにとらえているようでうれしかった。「距離を置いたことで前の結婚関係を卒業し、新しい形を築いた。当たってるよね」

 最近、2人は再び一緒に暮らす生活にあこがれている。夫婦のあり方は一つではない。出会い、子育て、仕事。その時々のベストの形を考えて、支え合えばいい。「仲良く出かける夫婦をみると、うらやましい」

 そろそろ、2人で暮らそうか——。

 慌ただしい暮らしに追われる日々の中で、「ときめき」を忘れてはいませんか。パートナーを大切に思う心。恋する気持ち。見つめ直してみませんか。

「60歳後」夫婦で差…「超長期婚」の団塊

 ◆自由時間 増える夫 減る妻

 2007年、日本の経済成長を先導してきた団塊世代の大量退職が、いよいよ始まる。

 平均寿命が70歳前後だった高度成長期に、子育てを終えた夫婦が、再び2人だけで暮らす時間は限られていた。しかし、今や男性の平均寿命は78・5歳、女性は85・5歳に伸びた。団塊を中心とする世代の多くは20歳代で結婚しており、半世紀以上をともに生活する夫婦が増えるようになる。

 「超長期結婚という未知の領域に入る」。団塊夫婦の問題に詳しく、広岡守穂、立美さん夫妻の関係を「卒婚」と評したノンフィクション作家の杉山由美子さん(55)は解説する。「結婚生活が長くなれば、きしみも出てくる。団塊夫婦の結婚は、どれだけ長く2人の生活を営めるのか、という壮大な実験でもある」

 07年4月からは、「年金分割制度」もスタートする。離婚しても、配偶者の厚生年金を最大半分まで受給できるという新システムで、これを待って離婚を切り出すパートナーは多い、と指摘する専門家は少なくない。

 電通消費者研究センターが06年8月にまとめた、夫が07〜08年に60歳となる夫婦約660人を対象にした調査=グラフ=では、夫と妻の温度差がくっきりと表れた。電通総研主任研究員の山崎聖子さん(39)は「会社を卒業して自由を満喫しようとする夫と、夫の世話で自由を奪われると感じる妻が増え、夫婦間の溝が広がる」と分析する。

 超長期の結婚生活をどのように続けるか。杉山さんは「ときめきを取り戻すことが大切」という。ただ、それは出会ったばかりの心躍るような感情とは少し異なる。

 「別々に暮らすとはいかないまでも、もっと自分の時間を持つなど、2人の間に少し距離を置いてみれば、お互いに魅力を再発見できるはず」。子供が幼いうちは、2人の生活も子供中心。しかし、子供が巣立ってからが、本当の夫婦関係の始まりだ。杉山さんは、「卒婚」をきっかけとして、2人で円満な老後を過ごすことができればいい、と説いている。

http://www.yomiuri.co.jp/komachi/news/rensai/20070104ok06.htm