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2007年01月07日(日) 03時00分

マンション、進まぬ耐震診断・改修朝日新聞

 耐震強度偽装事件を受け、マンションの安全性への関心が高まっているが、古い基準で建てられたマンションの耐震補強にはほとんど手がつけられていない。高度成長期に分譲されたマンションの多くは住む人々も高齢化し、改修工事をした場合の費用負担の重さに意見がなかなかまとまらないのが現状だ。国は補助制度の拡充などを急いでいる。

耐震診断、改修の補助制度への自治体別申請状況(本社調べ)

神戸市などの補助を受けて耐震改修工事を進めている「三宮東ハイツ」=神戸市中央区で

阪神大震災時のマンション被災状況(東京カンテイ調べ)

 ●積み立て倍増、余生思うと「踏み切れぬ」

 東京都杉並区の9階建てマンション(34戸1店舗)に住む田村晃清さん(55)は昨年、管理組合理事長になった。マンション管理会社を経営する専門家だが、その田村さんでさえ悪戦苦闘している。

 築32年。区の無料簡易診断で1階駐車場の強度不足を指摘され、改修に向け精密な診断をすることは決まった。しかし、修繕積立金の残高は約2800万円。区の耐震改修補助は200万円が限度で、概算4000万円程度の補強工事をするには借り入れが必要だ。大規模修繕なども含めて試算したら、各戸毎月1万6000円の積立金が3万8000円に跳ね上がった。

 補強工事には組合員の4分の3以上の特別決議が必要と考えており、合意は容易ではない。強引に進めると積立金を払わない人が出てくる恐れもある。規約を変え、理事を複数年務める覚悟を決めた。改修が済むまでかかわるつもりだ。

 「ふつう管理組合理事の任期は1年で、しかもボランティア。それでは手がつけられない。強い意志のあるリーダーがいないと話は進まない」

 住民の高齢化も大きな壁になる。大阪府高槻市の摂津マンション(173戸)は築40年。市から430万円の補助を受けた耐震診断で、強度が一部基準以下とわかった。

 数億円をかけて改修するか、比較的余裕のある中庭を使って高層に建て替えるか。だが、高槻市は耐震改修への補助はしていない。積立金は大規模修繕で7000万円を使ってしまって余裕がない。マンションの大半は高齢者世帯で、推定平均年齢は70歳前後だ。

 管理組合の茂山秋雄理事長(64)らは「せっかくカネを出しても、将来の受益者になれるのかという話もある。現状ではなかなか改修まで踏み切れない」という。

 ●「幸運重なった」まれな例

 耐震改修までこぎつけた神戸と福岡の例は、大規模修繕に備えた住民の積立金がたまたま潤沢に残っていたことが、幸いした形だ。

 神戸市中央区の三宮東ハイツ(100戸)は、79年完成の14階建て。95年の震災で壁に亀裂が入り、半壊と認定された。議論の末、1戸あたり約110万円を出し合って復旧工事をしたが、各戸毎月5000円ずつの修繕積立金は「将来のため」とほとんど手をつけなかったという。

 05年2月、窓の閉まりが悪いなどの欠陥が住民アンケートで見つかり、耐震診断を実施。耐震改修は共用部分だけで済むことがわかり、費用は約2000万円。半額の補助を受け、残りは1億円余りあった積立金からまかなえた。今年2月には工事が完了する予定だ。

 管理組合の村上剛理事長(77)は「ふだんからの積み立てが大事だったということ。幸運が重なった」と話す。

 福岡市早良区の室見第2住宅(2棟264戸)も、2月に約1億2000万円をかけて耐震壁増設や耐震ドアに入れ替える工事に着手する。市の補助1500万円を受けた。

 築30年で、震度6弱だった05年3月の福岡沖地震ではコンクリート壁の一部が崩れたり、玄関の開閉がしにくくなったりした。昨年11月、「次に震度6級が来たらつぶれる」との診断が出て、積立金取り崩しを渋っていた一部の住民も賛成に転じた。

 理事長の辻紀子さん(65)は言う。「突然の大地震で意識が変わったことが大きい。ここに住み続けたいとの思いが勝った」

 ●支援、自治体に格差

 05年秋に成立した改正耐震改修促進法などを受けて、国交省は旧耐震マンション対策に乗り出している。だが、補助制度自体がまだ広がっていない。

 同省が昨年10月時点で全国の市区町村を調べたところ、マンションの耐震診断への補助を導入しているのは181自治体(全体の9.8%)、改修補助まで導入したのは69自治体(3.8%)にとどまっていた。戸建て住宅の耐震診断は965、耐震改修は497の自治体が補助しているのに比べ、取り組みの遅れが際だっている。

 補助制度を持つのは早くからマンションが建った大都市部が多く、地方は対象マンションが少ないという事情もあるが、財政難の中で1棟あたりの補助額が大きくなることや、行政側に個人財産に対する公金支出への抵抗感があることも、影響しているとみられる。

 国交省は来年度、改修補助率を15.2%から3分の1に引き上げる。幹線道路などに面したマンションなどが対象だが、倒壊マンションが道路をふさいで救助活動できなかったり、火災で市民が逃げ遅れたりすることがないようにするため支援する、という考えだ。

 耐震改修補助を導入した自治体の担当者は「マンション耐震化は住民の命を守るだけでなく、大地震の際の被害を減らし、自治体が巨額の負担をしないようにする『先行投資』と考えるべきだ」と話している。

http://www.asahi.com/national/update/0106/OSK200701060082.html