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2006年08月11日(金) 00時00分

カルト防止法は必要か だまされぬ教育先決 東京新聞

 韓国のカルト集団「摂理」の女性幹部信者が入管難民法違反の容疑で告発された。同集団の犯罪性は女性信者への性的暴行にあるとされるが、名乗り出る被害者がほとんどいないため、苦肉の策で微罪のみの告発となった。それにしてもカルト集団による被害が露見するたびに、いつも、もどかしさがつきまとう。マインドコントロールを悪用した「犯罪」を根っこから防ぐ方策はないのか、と考えた。 (片山夏子、橋本誠)

 「告訴する被害者が名乗り出てくれれば…。教祖らへの準強姦(ごうかん)容疑での刑事告訴の準備はしている」。渡辺博弁護士は十日、都内の会見場で話した。今回、検討していた準強姦容疑でなかったことについては、「何度も性的被害を受けたという被害者も出てきているが、告訴まではなかなか踏み切れない」と、苦しい現状を明かした。

 渡辺弁護士によると、今回告発した韓国人の女性教団幹部(44)は、鄭明析(チョンミョンソク)教祖(61)=強姦容疑で韓国が国際手配=の元に好みの女性信者を送り込んでいた。弁護士らに相談に来た性的被害者は約十人。把握しているだけでも百人ほどいるという。性的被害の告訴を申し出る元信者もいたが、かなり古い事案だったため見合わせた。

■がん検査偽り 関係を強要も

 教祖の好みは「背が高くてスタイルがよく、知性が高く色白の女性」。ある女性は乳がんや子宮がんの検査をすると言われて教祖の元へ。複数回、性的な関係を強要された。都内の女子大生はチアリーダーのグループに所属。女性幹部に教祖が話をしてくれると呼ばれ、性的被害を受けた。教祖の逃亡先の中国に連れて行かれた被害者もいるという。大阪でも別の女性幹部が同様に、教祖の元に信者を送り込んでいた。

 渡辺弁護士は、将来的には女性幹部らについても「当然、ほう助として教祖と一緒に告訴したい」と語る。

 また「まずは公教育でカルトにだまされない賢い市民をつくった上で、カルトの悪質な行為を取り締まる法律も作っていかなければならないと思う」と話した。

 しかし、そもそもカルトそのものを法律で規制することは可能なのか。

 静岡県立大の西田公昭助教授(社会心理学)は「カルト規制はやったほうがいい。テロが起きかねない外国に比べ、日本は能天気。(米国がオウム真理教の幹部の子供の入国を拒否したように)団体の構成員の入国を禁止してもいい。どこがそういう団体か決めるのは簡単ではないが、ある程度の人権侵害が明白な団体は規制をかけていい」と主張する。

 「カルトか宗教か」の著者で比較文化史家の竹下節子氏によると、欧州は米国などのカルト集団が多数入り込み、二十世紀末には終末思想が盛り上がりを見せ、フランスではカルト規制法が成立した。

 この過程でマインドコントロール罪については「出家や断食、苦行のようなシステムは伝統宗教にもある」とクレームが付き、小中学校から二百メートル以内で勧誘したり、老人や障害者を勧誘することを禁じるなどの「弱者につけ込む罪」に変更された。対象になるカルトは当時は約百七十団体だったが、今は増えすぎて対応できない状態だという。

 竹下氏は「フランスはキリスト教という強いものに、いかに対抗するかが近代の歴史だった。だから、政教分離が発達していたが、最近は親が子供に宗教教育をしなくなったため、いろいろな宗教のモデルを教える教育に力を入れている。正しい方法だ。若い人を取り込むのが、カルトにとって魅力なのだから」と教育の重要性を強調。

 「そうした一環として、『弱者につけ込む罪』と同じような法律も作ったほうがいい。ただ、悪用されないように議論を重ねないと、カルト以外の宗教の規制に使われる危険な法律になってしまう」と注文を付ける。

 カルト集団に詳しい紀藤正樹弁護士も「フランスのように、悪徳商法、ドメスティック・バイオレンス、高齢者や児童虐待など、一定の地位にある者が下の者を支配しているケースを包括的に規制する法律はあってもいい」とする立場だが、「カルトそのものは規制できない。集団を規制する論理は、その理念、心の中身を規制することに近いからだ」と指摘する。

■まず現行法の適用徹底化を

 紀藤弁護士が求めるのは、カルト自体を取り締まるのではなく、一般的な法の適用を徹底すること。

 「欧米では、カルトかどうかにかかわらず、社会的に問題を起こす集団に規制をかけている。そうして、カルトと信教の自由の折り合いをつけてきた。日本でオウムが一九九五年まで残り、統一教会が霊感商法を続けたのは、カルトにきちんと法律を適用してこなかったからだ」と日本の対応を批判する。

 ドキュメンタリー映画監督の森達也氏も、カルト防止法など新法設立は、「今の世相を考えると慎重になった方がいい」と話す。「(オウム真理教の事件以来)治安に関する法律が拡大される風潮の中で、危ないものは何でも排除する傾向が強まっている。安易に法を拡大せず、歯を食いしばって現行法の適用範囲でやるべきだ」という。

 カルトと宗教の区別は難しいことにも言及。「新しい宗教は何でもカルトとされるところがある。かつては、キリスト教やイスラム教なども反社会的団体と迫害された」。実際に害がある団体なのかを判断し、取り締まるべきだと主張する。パナウェーブの時の騒ぎを例に挙げ、「奇妙ということだけで、ヒステリックに取り締まりをしろという声が上がった。排除する傾向が暴走することが怖い」と話した。

■なじみにくい集団活動規制

 たしかに、団体の規制は日本の風土になじみづらいと見る向きは多い。

 紀藤弁護士は「日本は個人には厳しいが、団体には優しい。信教の自由の基準が神道にあり、基本的に自由なことが前提で、規制にはアレルギーがある」。

 前出の西田助教授も「縛ることが軍国主義や統制下の日本と重なるから。民主主義社会では、言論や思想の自由の規制はタブー視される」と分析する。

 ジャーナリストの有田芳生氏は「カルト規制法ができれば一番いいが、今の日本の国民性、宗教界の保守性、宗教界に遠慮する政治家の現状では難しい」と見る。背景にはオウム真理教事件の経験がある。

 「オウム真理教事件では、宗教法人法の改正が議論されたが、既成の宗教団体は『オウムは特殊だ』として、強く抵抗した。公安調査庁は破壊活動防止法で一網打尽にすべきだと主張。僕も心情的には賛成だったが、共産党や在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)を対象に作られた破防法がオウムに適用されると、イデオロギーの問題になってしまうと反対した。住民の声に押されてオウム関連二法ができたが、あれだけの殺人行為が明らかになっても、せいぜい日常的に監視するぐらいしかできない」

 さまざまな団体がけん制しあったあげくに、オウムだけを特化してしまった、と。そして、つぶやく。

 「オウム事件以降、ちょっとやそっとのことが起きても、びっくりしないでしょ。『摂理』の問題が起きても議論は盛り上がっていない。慣れてしまっているんですよ」。それが怖い。

<デスクメモ> かつてオウム真理教の事件を取材したころ、脱会信者の話を聞くと、決まって翌日に電話がかかってきたものだった。「もう少し話を聞いてほしい」「助けてくれそうだったので」とすがるような声が受話器に響く。カルト教のえじきになるのは、そんな羊のような若者たちだ。毒牙にかける者の罪は深い。 (充)


http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20060811/mng_____tokuho__000.shtml