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2006年08月02日(水) 00時00分

埼玉の事故 プールの安全規格とは 東京新聞

 楽しいはずの夏休み。やっと晴れてきた青空の下、小学校二年の戸丸瑛梨香(えりか)ちゃん(7つ)が巻き込まれた市営流水プール事故。子どもにとって安全であるべきプールで吸水口・排水口に引き込まれ死亡するケースは全国で後を絶たない。国の指導もあるというが、今、あらためてプールの“安全規格”を問う。 (山川剛史、竹内洋一)

 「規模が小さい割に監視員が多いから、目が行き届いていると信用していた。まさかの出来事で、もう今年は子供たちをどのプールにも連れて行く気にならないですね」。埼玉県ふじみ野市の市営ふじみ野市大井プールで事故が起きた翌日の一日、近所に住む母親は、ショックを隠さない。

 事故前日にも四歳と一歳の娘を連れ、このプールに行ったばかり。信頼を裏切られた衝撃と怒りをあらわにした。

 この日、プールでは埼玉県警が監視員らを立ち会わせて実況見分。ふじみ野市では助役のもとに学校や公共施設の担当者を集めて緊急対策チームを編成し、各施設の再点検に乗り出すなど対応に追われた。

■公園の親水池の水まで抜かれて

 痛ましい事故に市側のショックも大きく、通常は子どもたちの格好の水遊び場となる東武東上線ふじみ野駅前の公園では、石積みのある親水池から水が抜かれるありさま。「ご不便をおかけします」の張り紙に、子連れで来ていた女性からは「何もそこまでしなくても…」との声が聞こえた。

 市内の各小学校では先月三十一日に設備業者とともにプールの点検作業を終えたばかり。しかし同日の事故で鉄棒なども含めたすべての設備を緊急点検するよう市教委の指示を受け、職員が点検作業に追われていた。ある小学校の校長は「あれだけの事故が起きたのだから、何度も点検するのは仕方ない。これ以上、信頼は落とせない」と複雑な表情で話した。

 では、事故のあったプールの構造は、設計段階から信頼に足る施設だったのか。ふじみ野市の池本敏雄教育次長は「吸水口の格子柵の強度は十分で、(国や県の)基準にのっとった施設だ」と強調する。設備については、運営を委託する民間業者が毎朝点検して不具合があれば報告を受けることになっているが、「問題があったという報告はなく、市として十分に把握できていなかった」と話した。

 このプールは一九八六年に旧大井町がオープン。全周約百二十メートルの流水プールと滑り台を備える。深さは約一メートル。吸い込み口周辺の幅は約六十センチで、管の中は直径約三十センチと狭まった構造になっている。

 ただ、現実問題として格子柵は外れ、その間は“違法”な状態にあったことは事実だ。吸水・排水口が関係したプールの死亡事故は後を絶たないのが現実で、格子柵を二重にするなど何らかの対策が取られていれば今回の痛ましい事故は防げた可能性が高い。

 同市では委託業者との間で、プール運営の緊急マニュアルを作成していたが、そこには格子柵が外れやすくなった際の対応は書かれていなかった。

 池本次長はこう胸の内を明かした。「改修となると多額の費用がかかる。新たに建て直すのなら吸水口の構造は違うものにしたかもしれない。(事故は)悔やんでも悔やみ切れないが、失敗作ではない」

 小中学校や公営のプールの設置について、国は基本的に「地方自治体の責任で行われている」という立場だ。各省が「通知」などの形でプールの設置・運営に助言をしているが、吸水口の大きさなど、具体的な“安全規格”は定めていない。

 例えば、文部科学省が二〇〇三年に各都道府県教育委員会などに示した小中学校の施設整備指針では、プールの排水口について「吸引事故防止のための防護措置を講ずることが重要」と指摘するにとどまる。

 文科省は、これとは別に毎年、事故防止のために各教育機関に通知を出している。今年も五月末に(1)排水口のふたがない、あるいは固定されていない場合は、早急にネジ・ボルト等で固定する(2)防止金具は丈夫な格子金具とし、いたずらなどで取り外しできない構造にする−などとプール運営を指導していた。

 国土交通省は「都市公園技術基準」の中で公園内のプールの設計について、▽排水口の格子ぶたを二重に設置する▽固定方法を工夫する▽格子のすき間は足の指が引っかからない程度に小さくする−などと自治体に要望している。しかし、これは国交省が管轄する公園内プールが対象。事故のあったプールに関して同省は「管轄外」としている。

 厚生労働省も〇一年、プールの排水口に格子ぶたや金網を設置し、固定するよう指導している。ただ、具体的な規格には言及しておらず、遊泳する子供の安全は各自治体の運営次第という形になっている。

 こうした指導を踏まえた形で、都道府県はプール設置のための基準を設けている。埼玉県も「プール維持管理指導要綱」を定めているが、排水口については「堅固な金網や格子鉄ふた等を設けてネジ、ボルト等で固定させるとともに、遊泳者等の吸い込みを防止するための金具等を設置すること」という文科省の基準をなぞっているだけだ。

 事故のあったふじみ野市の市営プールはこの規則に基づいて設置された。同市は「市民プール条例」などを定めているが、運営上の細則が中心で構造上の規格を決めているわけではない。

■「子引き込まぬサイズは困難」

 では、プールを設計する場合、排水口は技術的にどの程度の大きさが必要で、課題はどこにあるのか。大成建設OBで「図解Q&A給排水設備」(井上書院)の著書がある神原吾市氏は「プールの規模によるが、小学校の二十五メートルプールでも水質維持のための循環や排水時間を考えると、口径は最低直径十センチ程度は必要。子どもが手足を引き込まれないような大きさは難しい。だからこそきちんとした防護柵の設置は重要」と指摘する。

 これまでに約三十カ所の流水プールの設計・施工を手がけた都内の会社の担当者は「流水プールの水は吸水口で秒速〇・五メートル程度で流れるように設計される。起流装置(ポンプ)の数や性能にもよるが、吸水管は最大で直径約三十五センチになる。水を効率的に吸入するため管はプールに面する吸水口に向かってラッパ状に太くなる」と“流水”ならではの構造を解説する。

 ならば、吸水口の防護柵が、外れないような構造にはできないのか。同社の担当者は「清掃や保守・点検のためには、取り外しが必要だ」と説明する。

 排水口に子供が吸い込まれ死亡する事故は一九九九年以降、東京都青梅市、山形県鶴岡市(旧藤島町)、栃木県佐野市(旧葛生町)、新潟市(旧横越町)と相次いでいる。自治体に設置・運営が任された結果だ。国がこれまで以上に踏み込んで取りうる対策はないのか。

 「学校安全と危機管理」(大修館書店)の著書がある渡辺正樹・東京学芸大教授(安全教育学)はこう訴える。
 「これだけ通達しても管理を徹底できないなら、国は行政上の罰則を設けるなど、自治体に対して、もう少し厳しい対応を考えていくべきだ。さらに、国が音頭を取って、こうした事故が起きにくいようなプールの構造上の規格、安全な設計を検討してもいい」

 <デスクメモ>息子も潜りっこが好きで風呂でも遊ぶ。でも幼いから目を離せない。瑛梨香ちゃんもプールでお母さんに見守られていた。なすすべがなかった心中は察するに余りある。プールでは排水口のふたは子どもたちにとって格好の“遊び道具”にもなる。「万に一つ」はあってはならない「一つ」。肝に銘じたい。 (蒲)


http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20060802/mng_____tokuho__000.shtml