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2006年04月12日(水) 00時00分

仏デモが政府動かすワケ 街頭訴え共鳴社会 東京新聞

 フランス政府が導入を決めていた若者雇用策「初回雇用契約」(CPE)を事実上撤回した。政策変更を実現させたのは、労働者や学生たちによる大規模デモなどの反対行動だった。フランスではデモなどが、たびたび政策に影響を与えてきた。為政者もその行動力を無視できない。市民が勝利を手にした“街角民主主義”の威力とは−。

 「うらやましいのひと言。大衆運動がここまで盛り上がるなんて、今の日本ではとても考えられない」

 フランスで燎原(りょうげん)の火のように燃え広がった労働運動に、東京管理職ユニオンの設楽清嗣書記長はため息をもらした。

 同ユニオンはリストラの波が中高年の中間管理職におよび始めた十数年前に結成された独立系の労組。不当解雇された社員の相談に乗り、雇用側と交渉して撤回させるなど地道な活動を続けてきたが、活動はなかなか大きな運動へと発展してはいかない。じくじたる思いを持たざるを得ないのは、このためだ。

 CPEは二十六歳未満の若者を二年間の試用期間中に企業が理由なく解雇できる制度だ。それに反発した大学生が運動の一翼を担ったが、日本の報道志望の大学生女子(22)は、こう話す。

 「新聞、テレビ七社を受けて全滅。就職活動では男女差別などの理不尽さも感じた。でも社会の仕組みを自分で変えようなんて発想もない。デモなんて見たこともないし、高校のころに、小林よしのりの政治漫画を読んで、ひとりで盛り上がったのが唯一の政治体験ですから」

 CPEは一月、ドビルパン首相が突然打ち出した。若年層の雇用確保が狙いと主張したが、試用期間中に企業が自由に解雇できることから、大学生や労組が反発。先月末には「三百万人デモ」が起こり、国民の怒りは頂点に達した。政府はその勢いに押され、今月十日に撤廃を表明した。

 デモの背景について、神戸大学の坂井一成助教授(国際関係論)は「世代と、民族的な二重の怒りがある」と話す。世代の怒りとは、20%を超える若年層の高い失業率。民族的な怒りとは移民が多く、親から子供へと貧困が固定化されることへの怒りだ。

 一方で、企業は高い社会保険料を負わされ、よほどの理由がなければ解雇できないので、若者の雇用は進まない。

 国際政治評論家の山本一郎氏は「前提として日本のように一斉に卒業し、就職する制度がフランスにはない。労働法規が硬直化し、若者が会社に入れない」と指摘する。CPEを評価していた山本氏だが、これほどの騒ぎは予想外で「フランスの地盤沈下への国民全体の不安、シラク政権への不満の爆発なのだろう」と話す。

 手をつないで横一列で行進する「フランス式デモ」という言葉があるほど、フランスはデモの国だ。知られるのは一九六八年、百万人のゼネストで労働者の権利や大学生の大学での自治権確立などを求めた「五月革命」。時のドゴール政権を追い詰めた。八六年には大学改革に反対する学生たちがデモ、政府は改革案を撤回した。九五年のジュペ首相による公務員の社会保障改革もゼネストで頓挫している。

■フランス革命以来の伝統 

 「一七八九年のフランス革命は街角でパンがないことから始まった。デモは革命以来の伝統。よく言えば直接民主主義が生きているが、ナポレオンのような英雄を生み出す風土がある。選挙、議会を経て民意を反映させるのではなく、ダイレクトに声を伝えたがる」と坂井助教授は“街角民主主義”を説明する。

 学習院大学の野中尚人教授(比較政治学)は「政府がやろうとすることを議会がチェックし、マスメディアが補完作業をし、次の選挙で是非を問うのが通常の回路だが、フランスの国民は、それが機能していないと思っている。強いリーダーシップといってもいいが裏返せば、政府は普段、かなり強引なことをやっているということだ」と指摘。さらに「フランスには個人の社会的権利を尊重しあう伝統がある。デモやストは他人に迷惑をかけるが、個人の権利の根幹部分だから長期間に及んでも寛容だ」と国民性を挙げる。

 デモは影響力があるだけに、政治家は利用もする。CPEを推進したドビルパン首相は大きな痛手を負った。一方、来年の大統領選で首相のライバルとみられるサルコジ内相は、デモ側に理解を示し、うまく立ち回った。デモにどう対処するかもフランスの政治家には求められる。

 フランス以外でも、デモばやりだ。タイではタクシン首相の与党が総選挙で勝ったが、市民のデモなどで首相は今月、退陣を表明した。ネパールでも、国王の親政に反対する市民ら数万人がデモ。ドイツでも今月、賃上げを求める医者がスト、世論調査では国民の約八割が理解を示した。

 日本でも最近、家電リサイクル法(PSE法)が世論の大反対を前に、事実上撤回するという出来事があった。だが、野中氏は「デモが政治の仕組みとして伝統的に使われ、認められてきたフランスと日本は違うから、日本人がまねをするのは無理」とした上で、日仏の社会構造の違いを挙げる。

 「日本は格差化が進みつつあるとはいっても、フランスのように長期間にわたり深刻な差別や痛手にさらされている人は多くない。やる気があれば、それなりにチャンスを与えられる社会だ。フランスでは行動を起こしたのは国民の3−5%ほどでも、共鳴した人が多かったからデモが機能した」

 日本ではストをめぐる法的な規制もある。設楽氏は「フランスでは労働者の底辺からストが始まって周りから合流し、産業別労組がスト権を追認するという形になった。いわゆる『山猫スト』というやつで、日本でこれをやれば、首謀者は労組法違反で刑事罰を受ける。合法的にやるには企業別組合ごとにスト権を確立しなければならず、産業別の動きにまでは発展しづらい」と実情を話す。

 労働運動を続けるベテラン運動家は「フランス人は、議会で負けても街頭の運動で逆転できると考える。日本人にはその発想がないし、若者は自分が政治の主体だと思っていない」という。

 山本氏によると「フランス人には一生に一度は命をかけて街頭で権利を獲得したいという伝統」があるそうだ。「今回のデモに参加した若者の親は、五月革命の世代だろう。一世代ごと、つまり四、五十年に一度、こういう事が起きる」

■『自由に解雇』 日本でも検討

 前出の設楽氏は「CPEは首切り自由の法律。こうした法律をつくりたがるのは日本も例外ではない」と話す。厚労省は(1)解雇は金銭的に和解できる(2)契約の変更は事前に告知すれば認められる−など労働契約法の制定を検討している。「実現すれば実質的に首切りは自由になる」

 設楽氏はこう漏らす。

 「今の青年たちには生身の人間の行動が世の中を変えていくという感覚がない。砂のようにバラバラだ。コンピューターとにらめっこして物事が片づくはずはないのに、そんな簡単なことに気が付いていない」


http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20060412/mng_____tokuho__000.shtml