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2006年03月29日(水) 00時00分

麻原被告死刑の公算 オウム信者親の思い 神格化の恐れ 東京新聞

 オウム真理教(アーレフに改称)に息子や娘らを「人質」にとられた信者の家族は、被害者であり、一連の事件で加害者側にもなりえた。「教祖」死刑の公算が大きくなったことが、はたして信者らの社会復帰を促すのか。なぜ、あの事件が起こったかが語られないままの裁判の流れをどう受け止めたか。信者の家族らの思いとは。 (宮崎美紀子、大村歩)

 「麻原(本名・松本智津夫被告)は自分が生きるためなら、ふん尿を垂れ流し、おかしくなった演技ぐらいは平然とやってのける。裁判をこれ以上やっても無駄だ。やっと決着がつくかという気持ちだが、とにかく遅すぎた」

 現役男性信者の六十歳代の父親は東京高裁の控訴棄却決定に対し、たまった気持ちをぶつけるようにして言葉を続けた。

■『悪かった』が聞きたかった

 何よりも麻原被告には法廷で事件を語ってほしかった。ひと言でもいいから「おれが悪かった」と言ってくれていたらと思う。

 息子が入信したのは、心臓の先天的な持病などによる健康不安からだったという。一分間に二百回の動悸(どうき)が起きる。入信してみると今度は「心臓病は修行が足りないせいだ」と責められ、ガリガリにやせた末、数年前に倒れてしまった。

 だが、このとき心臓手術を受けて持病がウソのように消えたことで息子の心境は変わったと父親はみる。

 「修行と病気は何も関係ない。教団にだまされているんじゃないか、と思ったのだろう。それまで身につけていた教団関連の首飾りをはずすようになった」

 それでも息子はまだ、教団関連のコンピューター事業に携わる。「もうマインドコントロールは解けていると思う。脱会した元信者から、あと一歩だとも言われた」。父親の声が、期待で少し明るく響いた。

 いま息子は月一、二回は実家にも帰ってくる。

 「ただし、ウチのコンピューターの保守という一回八千円の“仕事”としてだけ。『遊びに来いよ』と誘っても『忙しい』と断られるから。彼の仕事をつくって呼ぶんだ。まだ親子らしい会話はない」。教団から離れつつある様子に手応えを感じながら、「たとえ、息子が帰ってきても、麻原が死刑になったとしても、オウムが引き起こしたものは終わらない」と、釈然としない気持ちを話す。

 別の現役信者の息子を持つ六十歳代の母親は「このまま裁判が終われば、麻原は神格化される。麻原が悪い人、ウソつきだったことが息子たちには分からない。困ったことです」とため息をつく。

 息子との連絡は手紙だけで、直接会えるのは年に数回、電話もできない。

 昨年夏会ったときには、思い切って「拘禁反応が出ているという麻原のことをどう思うか」と尋ねたという。だが息子は「ああいうところに入っていれば病気にもなる」と言うのみ。母親は「教団内の理屈をまだ信じている」と感じた。

 地下鉄サリン事件を含むオウムが起こした一連の事件の被害者には「加害者側として息子とともに謝りたい気持ち」だ。もともとは自分たちもオウムに子どもを奪われた被害者だった。

 「死刑や重罪の判決を受けた元信者たちが、かつて尊師として崇拝していた人間が責任をきちんととらず、何も語らぬまま死刑にされることをどう思うか。元信者の家族を含め、悔しくてたまらないはず。だけど何もしてあげられないんです」

 麻原裁判から何も得られないとすれば、せめて第二のオウムを生まないために正しい宗教教育をして、若い世代がカルト教団の誘いに乗らないような仕組みをつくってほしい、と訴える。

 一九九六年四月の一審初公判から約十年を経て、麻原被告の公判は控訴審が開かれないまま、二〇〇四年二月の一審死刑判決が確定する公算が大きくなった。

■裁判官に解明する気ない

 「裁判が終わってしまうのは、非常に困ります。刑事事件として決着はついても、新興宗教の世界の中で起こった、わかりにくい事実を明らかにし、再発を防ぐための裁判はできなくなってしまう」

 ある現役信者の父親も高裁決定をこう受け止める。信者の親として思う。

 「(事件の実行犯に)なぜ『おまえがやれ』と命じたのか。誰でもよかったのか。曲がりなりにも麻原は『宗教』だとしてやったことだろうが、どういう理由で人を殺せるのか。暗闇の中で終わってしまう」

 十年に及んだ麻原裁判に対するむなしさが言葉に表れた。

 「麻原の状態では、もし最高裁までいっても同じことの繰り返しかもしれない。でも、すべてのオウム裁判で、信者たちの行動の深い意味がまったく探られていないのではないか」

 公安調査庁によると、オウム真理教(上祐史浩代表)の信者はピーク時の約十分の一に減ったものの、出家約六百五十人、在家約千人の約千六百五十人いる。

 このうち出家信者の約94%、在家は73%が、一九九五年三月の地下鉄サリン事件以前に入信し、いまも麻原被告の影響が残るとされる。

 地下鉄サリン事件で当時の営団地下鉄霞ケ関駅職員だった夫を亡くした高橋シズヱさんは、「控訴が棄却されたのはよかった。ただ、事件から十一年、一人の大切な家族を失った者からするとあまりに長すぎる」と話す。

 「オウム真理教家族の会(旧被害者の会)」の永岡弘行会長は、オウム真理教に帰依して出家した長男を脱会させ、自身も九五年一月に教団からVXガスで襲撃された。

 永岡さんは、麻原被告が裁判で何も語ろうとしなかったのは、自分への帰依を捨てた弟子たちへの仕返しだと断言する。裁判の過程で、教団の元幹部たちが麻原被告への尊称をやめ、「麻原」と呼び捨てにし始めたことに、苦々しげな顔をしていたからだ。

 死刑判決が確定する公算が大きくなったことで、「現役信者たちが抜け出せなくなってしまう。信者は『さすがは尊師だ』と称賛してやまない。もともと帰るところがない信者の人たちが、ますます帰れなくなる。麻原の思うつぼだ」と、麻原被告の「仕返し」が現役信者にも及ぶと指摘する。

 永岡さんは「私は麻原と何度も会っています。彼を検事より弁護士より精神科医より知り尽くしている。どうあがいても自分は助からないとなると、弟子を道連れにしようと考えるだろう。危惧(きぐ)していたことが、その通りになった」と述べ、警告する。

 「麻原の意志は、今も絶対にある。だから治療してから、裁判を続けるべきなんです。この決定で、いま獄中につながれている人たちの死刑は早まる。このままでは死刑判決を受けた青年たちが、強盗殺人犯と何ら変わることのない一般の“死刑囚”で終わってしまう」


http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20060329/mng_____tokuho__000.shtml