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2006年01月11日(水) 00時00分

ネット時代の『報道協定』 東京新聞

 仙台市の新生児誘拐事件では、報道各社が「報道協定」を結んだ後、インターネット上で「報道協定」を推測する内容の書き込みがあった。2003年に発生した愛知県新城(しんしろ)市の誘拐殺人事件でも、報道協定中にネット上に情報が流れ、問題となった。ブログ(ネット上の日記)などが情報伝達手段の一つとして認知され、今後、その存在感がさらに増すとも予想される中で、報道協定の在り方は。

 新生児誘拐事件で報道協定が成立したのは、発生翌日の七日午後。八日午前、赤ちゃんは無事保護されたが、それまでは身代金目的の誘拐事件であることは、新聞やテレビでは報じられなかった。

 一方、インターネットの掲示板には、事件に関する情報が突然減ったことから「報道協定」を推測する書き込みもみられた。

 二〇〇三年四月に愛知県新城市で起きた会社役員誘拐殺人事件でも、報道協定の成立直後、「新城で誘拐事件中なのは既出? 一億円請求されているとのこと」などとネットの掲示板に情報が漏れた。ネットの個人がブログで情報を発信する時代を迎え、メディアの報道協定はどうなるのか。

 「報道協定は崩壊の危機に瀕(ひん)しているのではないか。報道協定があっても、雑誌が書くこともあるし、会社に不満を持っている報道内部の人間が漏らすこともある。ブログが事件について書くのはけしからんと批判するのではなく、もう情報は縛りきれないと認識した上で、報道協定のあり方を考え直すべきだ」

 フリージャーナリストで、ブログも運営する佐々木俊尚氏は、こう話す。

 佐々木氏は、ネットには、少年事件の容疑者の実名報道など人権を侵害するネガティブな側面と、既存のメディアに対するカウンター(対峙(たいじ)する)勢力の、二つの側面があると指摘する。

 ブロガー(ブログ作者)自身は影響力をどう考えているのか。一年前からブログを始めた横浜市内の自営業男性(51)は「もし近所で事件が起きて、報道協定で誰一人知らなかったら、悪気はなくポロっと書いてしまうかもしれない」と打ち明ける。ただ、それを犯人が読み、凶行に至る可能性は「かなり低い」と言い切る。「今後は(紹介がないと入れない)ソーシャルネットが増えるだろうし、そのブログの情報が信頼できるかどうかは普段から読んでいないとわからない。報道機関が、現段階でブログなどを報道協定破りだと問題視する必要があるとは思えない。むしろブログが犯人逮捕の一助になる可能性もある」

■自律した取材 推進する契機

 日本新聞労連委員長で、自身もブログを持つ美浦克教氏は、個人的見解として「ようやくブログが社会で認知されてきた段階で、ただちにブログもこうあるべきだと一線を引くのは難しい」と話す。

 ブロガーには、既存メディアへの批判、不満があり、報道協定も「マスコミの談合取材」ととられかねない状況にあるという。「メディアが市民の批判にきちんと応え、信頼を再確立できた時、ブロガーも、自分たちも情報発信に携わる人間としての節度と良識を持ってくれるのではないか」

 佐々木氏も「犯人がネットでの情報を見て、危ない行動に走ることはあり得る」と認めたうえで、「メディアが、報道協定の本来の趣旨をもう一度考え直し、自律した報道をすることが、遠回りだが、ネットから人権被害をなくす道ではないか」と話す。

 今回の事件では、報道が減ったことから、「報道協定」成立を推測し、記事の書き込みを止めたというブロガーのケースもあった。

 「仙台の誘拐事件は、初期報道後に協定が結ばれた異例の展開だったわりには、ネット上の書き込みが少なく、特にブログ系は控えめだった」と話すのは、インターネットに詳しいジャーナリストの谷岡康則氏だ。理由として、ブログは掲示板と違って発信者が特定されること、ブロガーの大半が企業などから場所を貸してもらっている立場上、自粛傾向にあったことを挙げる。

 谷岡氏は「個人的にはネット時代の中で、報道協定の存在価値を問い直す時期ではないかと思う」とした上で、「ただ、ネットユーザーもネットの情報の真偽は確かめようがないということだけは念頭に置くべきだ」と強調する。

 報道協定ができたのは、一九六〇年五月、東京で起きた小学生二年の男児=当時(7つ)=誘拐事件がきっかけだ。事件発生から、犯人の要求や捜査の状況が逐一報道され、捕まった犯人は「追いつめられ、逃げられないと思って殺した」と供述。報道各社に大きな衝撃を与えた。

■人命尊重から一定の縛りも

 こうした痛恨の反省を踏まえ、日本新聞協会は七〇年に誘拐事件全般に適合する新たな報道基準となる「誘拐報道の取り扱い方針」を決定し、民放連、日本雑誌協会もそれぞれ報道協定制度を確立した。以来、捜査当局からの申し入れに対し、あくまでも「人命尊重」の立場から、報道各社が自主的に判断、現地のクラブ加盟の各社間協定として締結されるようになった。

 こうした経緯を踏まえ、ジャーナリズム論が専門の立正大学の桂敬一教授は「ネット上の表現の自由を拘束することはもろ刃の剣で、簡単には賛成できない」としながら、「営利目的の誘拐事件の関連情報に限っては、人命尊重の立場から、被害者の安全が確保されるまでの一定の期間、インターネット接続業者(プロバイダー)に対し、自主規制など何らかの規制も必要ではないか」と提言する。

■海外サイトで結局流れ込む

 これに対し、ネット社会の犯罪に詳しい紀藤正樹弁護士は「仙台の誘拐事件で、犯人が仮にその掲示板などを見たとしても、それは予測の範囲内で、掲示板やブログに書き込まれたことが、捜査の支障になったとは言えない。国内で規制しても海外のサイトがあり、効果も期待できない」と、ブログに対する過大評価を疑問視する。

 中京大学の飯室勝彦教授(ジャーナリズム論)は「ネット情報は無責任な情報も多く、あれこれと憶測しても意味がない。報道協定の場合、協定加盟社の既存メディアが情報管理を徹底し、情報の受け手側にネット情報との違いをきちんと識別させることが大切で、規制の必要はない」と指摘する。

 「ブログには、犯罪の手口も公開されているが、手口が分からないと、自分の安全は守れないし、予防という側面もある」。紀藤弁護士はブログのプラス面も評価した上で、今後の展開をこう予測する。

 「ブログに書き込みしているのは二十歳以前の若者が中心で、現在はネットを見るだけの受動型から書き込む参加型へのちょうど転換期だ。ブログを知らない世代ほど過剰反応するきらいがあるが、あくまでも情報の一つにすぎないととらえるべきだ」


http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20060111/mng_____tokuho__000.shtml