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2005年09月19日(月) 00時00分

TV危機 制作会社が人材難 東京新聞

 テレビ番組の大半は「制作会社」と呼ばれる中小企業が作っている。華やかなイメージのテレビ業界だが、番組を底辺で支える制作会社のアシスタントディレクター(AD)が、次々と辞める事態に歯止めがかからない。影響力が強いメディアとして繁栄を極めているように見えるテレビだが、多チャンネル化やインターネットなどのITメディア猛追のなか、深刻な問題を抱えている。 (宮崎美紀子)

■睡眠は2、3時間 給料手取り18万

 「睡眠時間は二、三時間だったが、体よりも精神的にギリギリの状態でトイレで泣いていた。むちゃな要求でもADは絶対に『できない』と言えない。テレビが好きだったのに、毎日ただ仕事をこなすだけで、本当は自分は何がやりたかったのかわからなくなった」

 二十一歳の女性ADは、かつて担当した情報番組の現場を振り返る。彼女は一年半で、この番組を辞めたが、他のADも続々と辞めたという。給料は手取りで十八万円強。家賃を払うといくらも残らないが、皮肉にも、お金を使う暇がないから貯金できたと笑う。

 ある三十代ディレクターには笑えない思い出がある。AD時代、深夜の街をビデオテープが入った重い紙袋を両手に提げて歩きながら「このまま車にはねられたら楽になれる」とぼやき、並んで歩く後輩に諭された。「やめときましょうよ。すぐに死ねないから痛いだけです」

 テレビ界に入ると最初に就くのがAD。弁当配りや、撮影現場での車両整理など、雑用全般を担当する。制作現場にはなくてはならない黒子だ。テレビ局の正社員もADを経験するが二、三年でプロデューサーやディレクターに昇格する。

 しかも年収一千万円を超える正社員に対し、制作会社は低い。十年でやっと一人前といわれる。

 「全日本テレビ番組製作社連盟」(ATP)が加盟社を対象に実施した「ADアンケート」では、正社員ADの年収は三百四十三万円(平均年齢二六・六歳)、契約ADは同三百一万円(同二六・四歳)。「労働時間が長い」「体力がもたない」と四人に一人が離職する。最も多い理由は「仕事内容が自分と合わない」。制作会社側も「制作費に余裕がなく、人材育成できない」と悩んでいた。

 ATPが合同で行う就職セミナーの参加者は今年、一気に三割減り、採用した人材も居着かない。人材難に危機感を持ったATPは先日、各界の有識者を集めてシンポジウムを開いた。

■求人のライバル IT企業が猛追

 楽天系のインターネットサイト「みんなの就職活動日記」の川上裕人・事業部長は「学生にとってメディアといえば新聞、テレビ局だけではない。先見の明のある学生は、ケータイもライブドアも楽天もメディアだと考えている。テレビ業界内だけが競争相手ではない」と指摘する。

 IT企業「インデックス」取締役の千田利史氏は、テレビ局からの受注中心で、ヒットが出ても制作会社に成功報酬が入らない産業構造を問題視し「成功の見返りがないと、若い人を吸引できない」と断言した。

 上智大学の音好宏助教授(メディア論)は「若い人は、今の不満をステージを変えることで何とかなると考える」と若者の離職率の高さを説明。学校教育と仕事現場の隔たりを指摘し、インターン制の大切さを訴えた。

■選択肢が広がり手軽に転職可能

 作家の重松清氏は、さまざまな撮影現場に足を運んだ経験から「ADは本当に大変な仕事。耐えさせるには、その先にある夢を見せないといけない」と話した。また「映像制作が特権的な仕事だった昔は、奥義があり、そこへ向かって修業しろといえたが、今はビデオカメラが家庭にあり、高校生でも上手な映像を作る。先輩が一子相伝のようにもったいぶって、『一生懸命働け』とは言えない」と制作会社に意識改革を求めた。若者の気質については「いじめ問題とともに思春期を送った今のAD世代は、敏感でもろい。ずぶとい団塊の世代が自分たちと同じだと思ってはいけない」と説いた。

 制作会社の人材不足は、「根性がない」「業界体質が古い」で片づく単純な問題ではない。学生は職について実践的に学ぶ場がないまま社会に出る。加えて将来の選択肢は多く、労働意識も変わり、合わなければ早々に見切りをつける。

■デジタル化余波 制作費しわ寄せ

 一方で、多チャンネル化で多くの良質番組が求められているが、テレビ局はデジタル化投資で制作費を削減し、しわ寄せが制作会社に集まる。免許事業のテレビ局に利益が集中し、数百社ある制作会社は力関係を逆転させる術(すべ)を持たない。

 制作会社「PDS」社長で、ATP理事長の工藤英博氏は「俳優、タレントが偉くなって、目標になる花形プロデューサー、花形ディレクターの存在が希薄になった。視聴率を上げるために一握りの人気タレントに頼り、若い人たちのやる気を奪ってきたことは反省しなくてはいけない」と率直に話す。

 同副理事長の高村裕氏は「本当にテレビをやりたいという人が少ない。人に接する仕事が苦手な人が増えている」と嘆く一方で、「テレビ局も制作会社も現状維持でやってきた。そんな業界に若い人は魅力を感じないだろう」と反省する。

 放送ジャーナリストの小田桐誠氏は「テレビ局でも、きつい制作や報道現場に行きたがらない社員が増えているが、まして制作会社は待遇が厳しい。どんどん制作費が減り、先の見通しがなくなっている。頑張れば報われた昔は貧乏自慢が武勇伝になったが、今は笑い話にもならない」と業界の閉塞(へいそく)感を指摘する。

 打開策について「テレビ制作を志す人のすそ野を広げることが重要だ」と指摘するのは、放送評論家の志賀信夫氏だ。

 「国は大学の映像学科で学ぶ人にもっと実習の場を与えてほしい。視聴者の意識改革も必要。『テレビは見るもの』ではなく『作るもの、主張するもの』という考えに変わらないと、いい番組は出てこない。テレビと社会のかかわり全体を変える必要がある」

 メディア事情に詳しい「オフィスN」代表の西正氏は制作会社に発想の転換を促す。

 「テレビだけを相手にせずに、通信系の会社と組んで制作会社がオリジナルのソフトを作ることを考えてみればいい。通信会社は高い金を出してハリウッド映画の権利を買っているが、その何分の一かで十分な番組が作れる。通信会社は映像の素人、制作会社は上下関係なく仕事ができる」

 制作現場の人材不足は今は業界内の問題だが、やがてテレビ文化の衰退につながる。小田桐氏は、こう警告する。

 「もう制作会社だけでは劇的な解決策はない。この問題は随分前からいわれていたが、行き着くところまで行って、今や何から手を付ければいいのかわからない状態。テレビ局もスポンサーも十分な制作費を出さないと、結局は番組の質の低下として自分たちに返ってくることを自覚すべきだ」


http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20050919/mng_____tokuho__000.shtml