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2005年02月21日(月) 00時43分

「独りぼっちじゃない」、自殺者遺族を支え合う輪読売新聞

 自殺者が一昨年まで6年連続で3万人を超える中、非営利組織(NPO)「自殺対策支援センター・ライフリンク」が20日、自殺者の遺族支援に取り組む団体間の連携を呼びかける初めてのシンポジウムを、東京・渋谷区で開いた。

 遺族や自殺防止に取り組む研究者、行政担当者らが参加し、支え合いの輪を広げることの重要性などを話し合った。

 同NPOによると、遺族支援に取り組んでいるのは全国で十数団体にとどまっている。参加した国立精神・神経センター精神保健研究所の川野健治氏は「遺族同士が互いの経験を語り合う自助グループに加わりたいという需要は大きいが、まだ受け皿が少ないのが現状」と指摘。東京自殺防止センターの西原由記子さんは「親、子供、恋人など誰を、いつ亡くしたかによって立場が違う。それぞれの立場ごとに対応を変えることが大切」と、複数の団体が活動を行う必要性を強調した。

 また、同NPOの清水康之代表は「遺族のケアや自殺防止には、様々な分野の連携が必要。一つひとつの団体の力は小さくても、横につながることで充実した取り組みができる」と呼びかけた。

 ◆優しい声かけていれば…父救えなかった悔い◆

 シンポジウムに参加したカウンセラーの佐藤まどかさん(44)は、1975年に自殺で父(当時41歳)を亡くした。

 鹿児島市の中学3年生だった佐藤さんは、修学旅行で訪れていた長崎で父の死を知った。先生からは「脳出血」と聞かされた。

 前日、修学旅行に出発する自分を、父は駅まで車で送ってくれた。佐藤さんは車を降りると、振り返らずまっすぐ改札へ向かった。

 「まどかのお父さん、なんか元気ないみたいだよ」。友人に声をかけられたが、旅先へと気がはやっていたので気に留めなかった。

 父が自宅2階で自殺したことは、後で友人から聞いた。建設業を営んでいた父が知人の連帯保証人となり、多額の借金を背負っていたことを知ったのは、さらに後になってからだった。

 思い返せば、父の車がずっと駅前に止まっていた気がする。もし、あの時、振り返っていれば。優しい声をかけていれば——。「こんな私が幸せになっちゃいけない」。大阪で2児の母となり、家庭の様々な問題の相談に乗るカウンセラーになってからも、時々そんな思いが頭をよぎった。

 2000年の春、知人の薦めで、自殺で親を亡くした学生たちの手記をまとめた文集を読んだ。他人に親の自殺を明かせない胸の内を明かし、「死のうとする親に自殺を思いとどまってほしい」「1人で悩んでいる遺児に独りぼっちじゃない」と呼びかけていた。

 自分にも何かできないかと思い、文集をまとめた遺児支援団体「あしなが育英会」に連絡し、3年前から大阪府吹田市で「親の自殺を語る会」を開いている。会では、遺児同士が互いの経験を語り合う。親を亡くした悲しみ、自分や家族を残して自殺したことに対する怒り、家族を救えなかった“罪”の意識……。「つらい気持ちを抱えている人にじっと寄り添っている“空気”が大切なんだと思う」。そんな優しい空気が広がっていけば、と願っている。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20050220it14.htm