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2004年04月04日(日) 00時00分

見える差別 見えない差別 藤井輝明・熊本大教授に聞く 東京新聞

 熊本・黒川温泉のハンセン病療養所入所者宿泊拒否問題は、わずか二万円の罰金で“決着”した。この問題にかかわった熊本大学医学部(看護学)の藤井輝明教授(46)は、幼いころから顔にハンディを持つ。その藤井氏が語るのが「見える差別、見えない差別」の問題だ。「今回の結果は、見えない差別の助長につながる」と訴える。 (田口 透)

 「見える差別」も「見えない差別」も、ともに、藤井氏がこれまでの人生で体験してきた差別だ。

 顔に異変が起きたのは二歳のころ。後で「海綿状血管腫」という病名だと分かったが、右ほおが腫れ上がり、容貌(ようぼう)を変えた。小学校では「化け物」「お岩さん」とはやし立てられ、待ち伏せしていじめられるため、通学路を五十通りも考えた。「学芸会では、いつも馬の足か、石の役だった」。目に見えるあからさまな差別との出会いだった。

 「見えない差別」とは、就職活動の中で出会った。大学の成績は「全優」、学長推薦までもらったが、金融関係を中心に回った五十社は、ことごとく不採用だった。そのときの人事担当者の言葉だ。

 「会社としては差別する気は毛頭ないし、採用したい。しかし、会社は営利事業だから、お得意さまに不快感を与えられない」

 それから二十二年。同様の言葉を、ハンセン病療養所「菊池恵楓園」入所者に対する宿泊拒否で聞いた。

 ホテル側の言い分はこうだった。「私たちは差別するつもりはまったくない。むしろ泊まっていただきたい。しかし、うちは女性客が多く、あなたたちの顔を見るとびっくりしてしまう。客商売だから、お客さまに不快感は与えられない」

■同じ論法が繰り返され

 藤井氏はこう話す。

 「まったく同じ論法ですね。これが繰り返されてきた。自分に責任はない。しかし、第三者はどう思うか。確かに僕の顔を見てたじろがない人はいない。不快感を持たないという保証もない。それはその通りでしょう。しかし、その口実で自分たちの偏見、差別を覆い隠してしまう」

 これを藤井氏は「優しさの中の差別」と呼ぶ。

 差別を生み出す構造について、大阪府立大学の森岡正博教授の「無痛文明論」を引いて説明する。

 「他者とかかわらず、自分の楽しいことだけを追い求めて、悲しいこと、苦しいことを見ようとしない。本当の悲しみや苦しみが分からなければ、本当の楽しみや喜びは分かるわけがない。いわゆるバーチャルリアリティーです。例えば危機が差し迫っても、自分とは関係ないと考えてしまう。そういう無関心さが根深い見えない差別、偏見を形づくっている」

■つば吐かれ笑み返す…

 いまも、藤井氏がバスに乗っていて、つばを吐きかけてくる人がいる。しかし、こう語る。「あからさまな差別には、まだディスカッションの余地がある。にらみつけるのではなく、ほほ笑み返しという作戦で対応することもできる。しかし、バーチャルで生きる人たちには、見えない壁がたくさんある」

 世は「イケメン、美女時代」だ。美しさこそ何よりの価値であるかのような風潮が社会を覆い、小学生にまでプチ整形が流行する。その対極にあるのが容貌障害の人たちだろう。
 
 「マスコミもキムタクや松嶋菜々子とか、美男美女ばかり取り上げる。一般の人たちも容貌障害の人たちが(全国で)百万人もいるということに気づかない」
 
 しかし、一方で自分たちの側の問題にも言及する。
 
 「本当に自分たちが苦しければ苦しいというメッセージを社会に伝えていく。自分はそんなことを言うには値しないんじゃないか、と妙に引いてしまっていた。『苦しいんだ、つらいんだ』と伝えれば、必ず、理解してくれる人はいる」
 
 容貌障害については藤井氏は二十年前から力説してきた。しかし、誰にも関心を持たれなかった。
 
 「だから、みんなにもこう言ってます。焦る必要はない。いま、種をまいておけば、五十年後、百年後に、あのとき頑張ってくれた人がいたと分かってもらえる。今を生きる者の責任です。すぐに花が咲かなくてもいい。二千年かかってできた差別は、二千年かけて解決していく。しかし、最初の一人が勇気を持って立ち上がらなければ、何も変わらない」
 
 容貌障害者の七、八割が引きこもりになってしまう。特に女性が多いという。藤井氏は、あえて“語り部”としてマスメディアに露出する。「そうすると『私だって同じようなことなら語れる』という容貌障害の人が出てくる。藤井の経験を自分に置き換え、自分の家族はどうか、どんなに苦しい思いをしたのか、自分史ができるんですよね」
 
 藤井氏は小中学校の交流授業に積極的に参加する。反応が面白い。遠慮がちだった子どもたちが、顔の血管腫に触れ、話をするうちに、みるみる変わっていく。「壁」が崩れていく瞬間だ。「障害や差別は知ることが一番大事なんですね」
 
 自ら医学部の教授だが、ドクハラも痛感する。若いとき、血管腫の手術を受けたが、本人に了解なく標本にされた。さらに医学界の同僚からはこうも言われた。「藤井さん、死んだら首から上、寄付してね。ぜひ病理解剖したいから」
 
 「悪気はないんですね。でも即座に断りました。私は研究材料ではなく、藤井という個人です。一般の患者さんも同じです」
 
 藤井氏は今、ビデオで恵楓園の入所者たちのインタビューを記録する。「園の人たちはあと十年、十五年で亡くなってしまう。歴史を風化させたくない。彼らの受けた悩み、言葉を残しておけば、大事な教材になる。社会は行政もそうですが、自分に都合の悪いことはすぐに忘れますから」
 
 結局、宿泊拒否問題は、ホテルの前社長らへの罰金が結論だった。「これでは臭いものにフタで終わってしまい、再び同じようなことが起きる」と危ぐする。
 
 「差別しても金を払えばいいやというのでは、身体障害者雇用促進法で、やっかい者を雇い入れて、何か問題を抱え込むくらいなら金(納付金)を払って解決した方がいい、という企業と同じだ。こうした発想が、今回の件でより強固になってしまわないか」
 
 「ホテルの対応はもちろん許せないが、じゃあ、行政は真摯(しんし)に対応してきたのか。せめて、差別解消に向けた行動指針などを定めてほしかった」と悔しがる。
 
 そして訴える。「さらに差別は陰湿化する。社会全体が他者の心の痛みを理解することが今こそ必要だ」

■血管腫

 体の皮膚の下の脂肪や筋肉の血管が異常に増え広がっていくことで腫瘍(しゅよう)ができる。良性の腫瘍とされ、一説には、新生児の1000人に3、4人の割合ともいわれる。

 ふじい・てるあき 東京都国立市出身。中央大経済学部卒業後、病院勤務を経て、千葉県立衛生短大卒。名古屋大大学院医学研究科博士課程修了。「菊池恵楓園」では看護部の研修指導に当たる。半生をまとめた「運命の顔」(草思社)は続編が今秋、出版される。


http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20040404/mng_____tokuho__000.shtml