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2004年04月01日(木) 00時00分

読者にも『表現受ける自由』 文春出版禁止取り消し 東京新聞

 田中真紀子元外相の長女の私生活をめぐり、メディアの世界を揺るがせた週刊文春の発禁問題で、東京高裁(根本真裁判長)は三十一日、出版禁止を命じた東京地裁の判断を覆した。「プライバシー」も大事だが、「表現の自由」には送り手だけでなく、その表現を受ける受け手(読者)の自由がある。制約されるのはよほどの場合だ−。決定理由からは、裁判官歴四十年に及ぶベテラン判事のそんな思いが読み取れる。 (社会部・加古陽治)

■『安易な差し止め』許さず

 「表現の自由は、民主主義の存立基盤であるから、憲法の定める基本的人権の体系中において、優越的地位を占める」

 これは、今回の決定の一文ではない。幼女らが殺傷された「堺通り魔殺人事件」(一九九八年一月)をめぐり、犯人の元少年が実名を報じた月刊誌を訴えた訴訟で、賠償請求を退けた二〇〇〇年の大阪高裁判決の一部。裁判長は、くしくも今回と同じ根本判事だった。

 発禁問題をめぐる決定にも、こうした「表現の自由」を重んじる考えが貫かれている。最近、メディアに厳しい司法判断が相次いでいることから考えると、文春側は担当裁判長に恵まれたといえるかもしれない。

 今回の争いは、一言で言えば「プライバシー」と「表現の自由」のせめぎ合いだった。

 高裁も地裁も、主な判断の基準は、(1)公共の利害に関する記事か(2)もっぱら公益を図る目的だったか(3)被害者が重大で、著しく回復困難な損害を被る恐れがあったか−の三つの点だった。

 名誉権の侵害を理由に情報誌の出版差し止めを認めた「北方ジャーナル事件」の最高裁大法廷判決(一九八六年)をほぼ踏襲した基準。「検閲」になりかねない事前差し止めは、厳格な条件の下でごく例外的に許されるという考え方だ。

 高裁は、これを文春の例に当てはめて検討。「(報道は)全くの私事」として、公共性や公益目的を否定した。

 しかし、報道された私生活上の出来事は「社会的に非難されたり、人格的に負をもたらす事柄でない」と述べ、表現の自由を侵して差し止めるほどの「人権侵害」は発生しないと判断した。

■高裁の目配りに説得力

 プライバシーは「極めて重大な保護法益」で、「名誉の保護よりも事前差し止めの必要が高い」として「発禁」に踏み切った東京地裁の決定と比べ、「表現の自由」への敬意が感じられる。

 問題の記事は、有名政治家の娘とはいえ、選挙に出るわけでもない一女性に関するものだ。声高に「表現の自由」をかざすことに、ためらいも感じる。だが、ゴシップ報道のない世界は味気なく、裁判官が「検閲官」よろしく安易に出版を禁ずる時代は息苦しい。

 その意味で、読者の「表現を受ける自由」にまで目配りした高裁の決定には説得力がある。

■事後救済での対処を

 大石泰彦・東洋大教授(メディア倫理・法制)の話 全般的に、あやふやな論理しか示さなかった地裁決定に比べ、高裁ではクリアな判断をした点が評価できる。しかし、公共性については地裁の判断を踏襲し、長女をあくまで私人とする見方には問題が残る。公共性は社会の中でその人が果たす役割や機能から判断すべきだが、高・地裁の一連の判断は「家」を家族制度の中でしかとらえていない。田中家は一大政治的勢力であり、その家族は単純に私人ではない。長女の記事は、人生のひとつの選択について書かれたにすぎず、ゴシップであってもスキャンダルではない。だから、「回復不能な損害でない」との判断は妥当だ。司法は差し止めという検閲的な判断は例外中の例外にとどめ、プライバシー侵害があれば事後救済で対処すべきだ。

■損害なしと言えるか

 坂井真・報道被害救済弁護士ネットワーク代表の話 高裁はプライバシー侵害を認めながら、差し止めの必要はないと判断した。真紀子さんの長女の私生活が公表され、どの程度ダメージを受けるかは判断の分かれるところで、そういう判断もあり得るが、私は差し止めでもやむを得ない例だと思う。確かに、高裁が表現の自由に配慮したのは評価できる。しかし、公共性も公益性も認められないケースで、本件のような私生活上の重大事について損害賠償が認められるほど保護されるべきプライバシーだと判断しながら、重大で著しく回復困難な損害を被らせる恐れはないと簡単に言えるのだろうか。結論は異なったが、高裁も地裁の判断基準を維持したうえ、記事の公共性、公益性を否定している点を十分理解する必要があると思う。


http://www.tokyo-np.co.jp/00/kakushin/20040401/mng_____kakushin000.shtml