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2004年03月25日(木) 00時17分

<無年金障害者>放置は違憲、国に賠償責任 東京地裁判決毎日新聞

 20歳を過ぎた学生時代に障害を負った元大学生4人が、国民年金未加入を理由に障害基礎年金の支給を拒否されたのは違憲として、国側に不支給処分の取り消しと、8000万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が24日、東京地裁であった。藤山雅行裁判長は「20歳未満なら支給されるのに、20歳以上なら不支給になるのは、法の下の平等を定めた憲法14条違反」と述べ、国民年金法の規定を違憲とする初判断を示した。そのうえで「違憲状態を放置したのは違法」として、救済措置を取らず放置した「立法不作為」を認め、原告3人について総額1500万円の賠償を命じた。

 残る原告1人については「20歳前の高校3年生の時、病気になっていたのは明らか。診断時に20歳を超えていても、年金支給の対象とすべき」と不支給の取り消しを命じ、4人全員を救済した。

 東京、札幌、大阪、福岡など9地裁に30人が起こした「学生無年金訴訟」の初判決。立法不作為に基づく国家賠償請求まで認めたのは極めて異例で、同種訴訟に影響を与えるとともに、学生無年金障害者約4000人(厚生労働省推計)について国に法改正を迫る内容となった。

 判決は、違憲状態になったのは、サラリーマンの妻に加入を義務づけた85年の国民年金法改正時だったと判断した。理由について(1)85年改正により20歳前に障害を負った学生に対する年金支給額は引き上げられたのに、学生無年金障害者は放置され、それまでも問題だった格差がさらに拡大した(2)法が施行された59年の大学進学率は約8.1%だったが、改正時は約26.5%で、大学生の家族は裕福という社会通念は消滅した——の2点を挙げた。

 そのうえで、「障害者団体の要請や、(当時の厚相の諮問機関である)年金審議会委員の指摘から是正が必要な状態だったことは明らかになっていた。放置したのは故意または過失による立法の不作為」と結論づけた。

 原告の4人は、20歳10カ月〜27歳1カ月の時に事故や病気で重度の障害を負った。当時の国民年金は、学生なら20歳以上でも加入しなくてよい「任意加入制度」(91年から強制加入に変更)で、加入率は1〜2%だった。4人は年金に加入しておらず、最高月額約8万3000円の年金支給を拒否された。【小林直】

 木倉敬之・厚生労働省年金課長と渡辺俊之・社会保険庁年金保険課長の話 これまでの主張が認められず大変厳しい判決であると考えている。今後の対応については、関係機関と協議して決定したい。

 ◇ことば◇学生無年金障害者 自営業者や主婦、学生らを対象とした国民年金は、加入期間中に初診日がある病気、けがが原因で障害者になった時、障害基礎年金を支払う。障害の程度に応じ2級なら月額約6万6000円、1級はその1・25倍。国民年金法改正により91年から学生も強制加入になったが、それ以前の未加入の学生で、20歳以上になってから障害者になった人々には支給されず、「学生無年金障害者」と呼ばれる。主婦、外国人、未払い者を含めた無年金障害者は、厚生労働省の推計で約12万人。

 ◆解説◆急がれる救済

 立法作業を怠った「立法不作為」から国の賠償責任を導き出した「学生無年金障害者」を巡る24日の東京地裁判決は、長期間にわたる差別的な運用実態を重視して、原告救済の道を開いた。この問題では、坂口力厚生労働相が02年、障害基礎年金の支給は認めないものの、その半額程度を一般財源から支給する「坂口私案」を発表し、財務省の抵抗で導入が見送られた経緯がある。判決は「少なくとも85年には是正すべきだった」としており、法改正は焦眉の急だ。

 20歳未満で障害を負った人々は、障害基礎年金を受給しているだけでなく、老後に支払われる老齢基礎年金を受給するための月額1万3300円の掛け金も免除されている。ところが、20歳以上で障害者になった場合は、障害基礎年金が受給できず、老後基礎年金の掛け金の支払いも求められる「二重苦」に苦しむ。

 こうした状況から、坂口厚労相は02年、「法と法の谷間で苦しんでいる人がいる以上、真剣に考えるのが我々の立場」と述べ、約4000人の学生無年金障害者のほか▽82年の国籍要件撤廃前に障害者となった在日外国人(約5000人)▽86年の「主婦強制加入制度」導入前に障害者になったサラリーマンの妻(約2万人)▽元々、強制加入の対象だったのに保険料が未納だった障害者(約9万1000人)——を救済する私案を公表した。しかし、年間約600億円の財源が必要なことや、「拠出制という年金の基本を否定する」と財務省が難色を示したことで、実現していない。

 原告の4人のうち3人はほぼ無収入で、年金生活を送っている両親らが子供たちの老後に備え、掛け金の工面さえしている状態だ。生活は困窮を極めており、将来の見通しも立たない。「容易に想定しがたい、例外的な場合を除いては、国は立法不作為による賠償義務を負わない」と極めて厳しい要件を示した85年の「在宅投票制度訴訟」の最高裁判決に照らすと、「今回の判決は異例」(国賠訴訟に詳しい弁護士)とする声もあるが、国は控訴してさらに争うのではなく、判決を絶好の機会と捕らえて問題解決を目指すべきだろう。【小林直】

 ◆判決要旨◆

 「学生無年金障害者」を巡る訴訟で、東京地裁が24日言い渡した判決の要旨は次の通り。

 1959年制定の国民年金法が、学生を強制適用の対象から除外したこと自体には合理的理由があり、憲法に違反しない。問題は、強制適用の対象から除外された学生が万一障害を負った場合に備えて、障害年金または障害福祉年金の受給がより容易になるような制度を設ける必要はなかったのかという点にある。

 制定時の同法は、20歳前に障害を負った者に対しては障害福祉年金を支給することとしていた。同法自体、学生を20歳未満の国民と同視しているとも考えられ、20歳以上の学生についても、障害を負った場合には障害福祉年金を支給するのが立法趣旨に沿うものであった。一方、当時の障害年金の支給要件からすると、学生が20歳に達した後に障害を受けたことによって障害年金の支給を受けることはできなかった。そうすると、学生に生じる不利益は、制度の根幹をなす障害年金自体を受けられないというものではなく、かなり少額の給付にとどまる付加的な制度としての障害福祉年金の恩恵にあずかれないというのにとどまり、不利益の程度は比較的軽微だった。

 59年当時は、大学に進学した者は「エリート」であり、恵まれた者というイメージで受け止められており、立法者がこのような社会通念を前提として制度設計をしたことが不合理であったとまで断ずることはできない。

 しかし、法制定後に状況変化が生じており、85年の法改正時においては、何らの立法的手当てをしないまま放置することは憲法14条(法の下の平等)に違反するものであった。

 85年の改正法は、障害福祉年金を廃止し、20歳前に障害を負った者に対しては、制度の根幹的給付である障害基礎年金を支給することとした。この結果、20歳前に障害を負った者と学生との間の格差は、量的に著しく拡大するとともに質的にも異なったものとなったと評価すべきである。

 その上、大学進学率は、59年は8.1%に過ぎなかったが、85年には26.5%になり、国民の意識においても、大学進学は特殊なことではなく、恵まれた者に限られるとの認識も消滅したと考えられ、この点においても同法の合憲性を支えていた社会通念が消滅した。

 85年の法改正時においては、同法の合憲性を辛くも支えていた事情は消滅し、その不合理性のみが露呈するに至っていたから、これを是正する立法措置を講ずることなく放置することは憲法14条に違反する。85年の改正法が、従来障害福祉年金を受給していた者に障害基礎年金を支給することとしながら、学生無年金者には何らの措置をも講じないことも憲法14条に違反していた。

 その是正措置としては複数のものが考えられる。最も端的な措置は、学生に対しては、85年の法改正前に無年金者となっていた者も含め、障害基礎年金を支給するというものであるが、その他▽学生も強制適用の対象に加える▽障害福祉年金制度を存続させ、任意加入をせずに障害を負った学生には障害福祉年金を支給する——といった措置も考えられる。その他にも是正策は種々考えられ、立法者としては、その裁量によって最も適切と考えられるものを採用すれば足りたが、85年の法改正時においては、何の是正措置も採用されず、差別がそのまま放置されたのであるから、この点において、同法は憲法に違反する。

 前記の通り、是正措置としてはさまざまなものがあり得たから、特定の是正措置を前提として本件不支給処分の適否を判断することはできない。従って、このような場合には、不支給処分を取り消すことはできず、原告らの救済は専ら立法不作為に基づく国家賠償請求によるべきものと考えられる。

 立法不作為の違法は前記の通り認められ、問題点は障害者団体の要請や年金審議会委員の指摘等から明らかとなっていたから、国賠請求の要件となる故意、過失の存在も肯定できる。そして、立法不作為によって原告らに生じた精神的打撃の程度などの事情を考慮すると、慰謝料の額は1人500万円が相当である。

 ◇原告ら「やっと光見えた」

 障害年金の枠外に追いやられていた元学生たちに、司法は初めて救済の手を差し伸べた。学生無年金障害者を巡る24日の東京地裁判決は、「違憲状態なのに何の措置も講じず、差別を放置した」と国の責任を明快に認め、法改正を促した。「国に見捨てられ、まったく希望が見えない」。袋小路に苦しみ、法廷で口々に窮状を訴えてきた原告たちは、「やっと光が見えた」と笑顔をみせた。

 午後1時25分、708号法廷。主文言い渡しが始まると傍聴席から「すごい」と声が上がった。原告の弁護士が立ち上がり、指で「OK」のサインを送ると、法廷中に拍手が鳴り響いた。

 記者会見で、原告弁護団の高野範城弁護士らは「正面から憲法判断した画期的な判決。球は(年金制度改正を審議中の)国会に投げられた。全面解決を望む」と話し、原告とその親たちは「苦労を重ねて運動してきた。国は控訴せず、判決を確定させてほしい」と訴えた。

   ◇   ◇

 東京学芸大でバスケットボール部に所属していた岡村佳明さん(39)は86年9月、練習試合中に突然倒れた。意識はなく呼吸はわずか。医師は「覚悟するように」と家族に告げ、二十数回の手術を繰り返した。

 スイミングスクールのコーチも務めた活発な青年だったが、そのまま植物状態になった。約1年半後、両親の問い掛けにわずかに反応するようになると、医師は「奇跡的」と驚いた。

 しかし、待っていたのは苦しい日々だった。介護なしでは、入浴も排せつもできない。98年、年金受給を求めたが拒否され、無収入のまま。自身が年金生活を送る父三郎さん(72)=元東京学芸大教授=は、月額2万〜3万円の佳明さんの生活費も負担している。

 昨年5月、専門医による鑑定書を入手した。そこには「18歳の時点で既に腫瘍ができていた」と記載されていた。20歳未満の時から腫瘍(しゅよう)があったことを立証する証拠で、これが大きな武器となり、不支給処分の取り消し判決につながった。

 三郎さんは昨年2月の証人尋問で、「谷間に陥った学生を救ってほしい。裁判でしか結果は出せない。法改正や特別立法を促す判決が出れば大変幸せ」と訴えた。

 突然の発病から既に17年半が過ぎた。三郎さんは判決後、「無収入でどうやって暮らすのか、自分が死んだ時、できれば連れて行きたいとさえ思った。やっと今後の生活にめどが立った」と安どの表情を浮かべ、車椅子のうえで「うれしい」と繰り返す佳明さんに笑顔を向けた。【小林直】(毎日新聞)

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