悪のニュース記事

悪のニュース記事では、消費者問題、宗教問題、ネット事件に関する記事を収集しています。関連するニュースを見つけた方は、登録してください。

また、記事に対するコメントや追加情報を投稿することが出来ます。

記事登録
2004年02月23日(月) 00時00分

「ハンセン病」宿泊拒否ホテル廃業宣言の波紋 東京新聞

 ハンセン病療養所入所者の宿泊を拒否した熊本県のホテルが廃業を宣言したところ、入所者らへの中傷が相次ぐ事態となっている。ホテル側は廃業を「最大の謝罪」と説明するが、これをきっかけに「おまえらが廃業に追い込んだ」という電話が療養所などに殺到。加害者であるホテルを「被害者」にかえるほど差別は根深いのか−。   (蒲 敏哉、中山洋子)

 ■「廃業追い込んだ」「従業員の職は…」

 「ひどいもんですよ」。熊本県合志町の国立ハンセン病療養所「菊池恵楓(けいふう)園」の太田明・入所者自治会長がつぶやく。入所者の宿泊を拒否した同県南小国町の「アイレディース宮殿黒川温泉ホテル」が廃業を表明した今月十六日以降、療養所には「県とおまえたちが、ホテルを廃業に追い込んだ」とする中傷の電話やはがきが殺到しているという。

 「名前と住所を明記した手紙も多い。『ホテル従業員の職をどう保証するのか』や廃業の責任を県や入所者に転嫁する内容だ。五日間で、はがきや手紙だけで二十五通、電話を合わせるとゆうに五十件を超える。これからもまだ増えるんでしょうね」

 事件は、昨年十一月、熊本県の潮谷義子知事が記者会見で、同ホテルによる宿泊拒否の事実に言及、明らかとなった。県がホテルに申し入れた菊池恵楓園入所者の宿泊予約を「ほかの宿泊客に迷惑が掛かる」として拒否していたのだ。

 入所者や県の抗議を受けたホテル側はいったんは謝罪したものの、親会社アイスター社長が「宿泊拒否は当然の判断」と開き直った。この発言は撤回され、再び謝罪し療養所と「和解」したものの、「説明不足の県側に責任がある」とも主張。事態を重くみた県側は熊本地検に旅館業法違反で刑事告発する一方、行政処分を検討していた。

 ■ホテルに同情論地元記者も嘆息

 こうした過程でも、入所者らへの中傷は数多く寄せられてきた。ホテルの宿泊拒否が最初に報じられてから三日間で、電話やはがきなどによる中傷は約百件に上ったという。「国の税金で生活してきたあなたたちが権利だけ主張しないでください」「調子にのらないの」「謝罪されたら、おとなしくひっこめ」…。

 地元でこの問題を報じてきた西日本新聞熊本総局の担当記者は、嘆息する。

 「『差別はしないが、入所者とは同宿したくない』など、ホテルに同情する意見が相次いで寄せられている。実は、それこそが差別で、多くの人は気づいていないという記事も書いた。しかし、その直後には『記事の趣旨は分かるが、やはり同宿は嫌だ』という電話が殺到した。無力感にとらわれそうになる」

 事件の表面化以降、ハンセン病をめぐる根深い差別意識が露呈していただけにホテルが廃業ということになれば、入所者らへの「当てつけ」になりかねないことは予想できたろう。

 前出の太田自治会長は言う。「廃業について、ホテル側から入所者には事前に何の報告もなく、表明後もない。本当に謝罪というのなら、当事者に先に告げるのが筋だろう。ハンセン病に対する世間の差別意識を巧妙に利用した当てつけとしか思えない」

 これに対し、アイスター広報担当者は廃業の判断について、「最大かつ最善の謝罪方法として決めた」と説明するばかりだ。

 だが、気になるのは県が行政処分について十六日に正式発表を予定していた点だ。ホテル側はその直前に廃業宣言したことになる。

 熊本県生活衛生課の担当者は「ホテル側の行為は旅館業法第五条の『宿泊させる義務』に違反している。既に熊本地検に刑事告発しているが、これは実は二万円以下の罰金刑」と刑事上の対応を説明する。

 ■「いつ廃業するか見通し明かさず」

 罰金以上の実効的な処分となるのが、営業停止などの行政処分だ。十六日に下されるはずだった、この処分は廃業宣言により先送りされた。これについて、担当者は「ホテル側に問い合わせても『従業員に廃業を伝えた』と答えが返ってくるだけで、いつ廃業するか見通しを明かさない。当方としては営業は継続中として判断するしかない」と対応に苦慮している様子だ。「十八日に、行政処分に先立つ手続きの弁明通知書をホテル側に出した。二十七日までに回答をもらう予定で、三月上旬には何らかの判断を出したいが…」とホテル側の思わぬ“奇策”に戸惑いを隠さない。

 ホテル側の廃業宣言にともなう中傷は、県にも及んでいる。同県健康づくり推進課の担当者は「知事あてのメールや手紙で『廃業は県のせいだ』などの批判が数十件寄せられている。県としては人権に配慮し適正に営業していただければよく、廃業してほしいなどとは言っていない。こういう中傷が起きる事態になり、ホテル側はどういう意図で今回の決定をしたのか、実際のところ真意を測りかねている」と明かす。

 こうした状況に、ハンセン病訴訟全国原告団協議会の国本衛事務局長は「二〇〇一年に、国の患者隔離政策の過ちを指摘した熊本地裁判決で、これからはもっとハンセン病に理解が広がっていくだろうという期待をもっていたが、何も変わってないことが分かった」と話しながら続ける。「アイスター側は最初から自分勝手な言い分を並べて『謝罪』と称してきた。ホテル廃業は謝罪どころか、ハンセン病元患者らを排除する考えを助長する、全く逆のアピールにすぎない」

 元患者の作品をまとめた「ハンセン病文学全集」の編集を担当した、作家で精神科医の加賀乙彦氏は「ホテルの廃業は、社会の悪意が元患者に向くことを狙ったさらなる差別事件だ」と指摘。「おそらく、これほどハンセン病元患者に対して中傷がむき出しになる事件は過去にもないのでは」と推測する。

 いじめやハンセン病裁判に詳しい鹿児島大学の采女博文教授(民法)も「宿泊を拒否してから廃業宣言に至るまでのホテル側の対応は非常に常識外れで、県の行政処分の直前に廃業を発表する手法は極めて悪質。行政への当てつけともいえる。たまたまこの機会にホテルを処理しようというタイミングだったのではないか。責任を取ることになっていない」と批判する。

 ハンセン病の強制隔離政策を研究する富山国際大学の藤野豊助教授(日本近現代史)は、「施設に送られた手紙を見せてもらったが激励もある一方、非常に残酷でかつ組織的な手法をうかがわせる内容もあった」と明かし、こう訴える。

 ■第二、第三の宿泊拒否危ぐする声

 「結局、今回の問題は、国民全体にハンセン病への理解がほとんど得られていない状況を反映しているといえる。国や県はパンフレットなどではなく、人と人との触れ合いの中から差別をなくす政策を打ち出すべき。そうしなければ第二、第三の宿泊拒否が続く」


http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20040223/mng_____tokuho__000.shtml