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2004年01月20日(火) 00時00分

薬害エイズ 中国でも 製薬会社禁止通達後も販売 東京新聞

 中国でも「薬害エイズ事件」が起きていた。国内の製薬会社が売血を基に生産した非加熱製剤で、血友病患者らがエイズウイルス(HIV)やC型肝炎ウイルスに感染した疑いが濃厚だ。政府が一九九五年にこの薬の使用を禁じた後も投与され続け、患者の一部が感染を知ったのはつい最近のこと。情報は公開されず、感染の事実すら知らない人が多い。実態調査も行われておらず、現在も二次、三次感染の危険性は非常に高い。 (上海・渡部圭、写真も)

 ■『死を待つだけ…娘が心配』

 中国発展の象徴として未来的なデザインの高層ビルが立ち並ぶ上海・浦東新区。商店街の一角にある安ホテルの一室に王さん(46)が横たわっていた。顔色が悪くほおがこけ、一見して重い病気と分かる。浙江省の農村地帯から電車を乗り継ぎ上海にやって来た。

 王さんは血友病の患者。かつては輸血で対処してきたが、九四年から医師の勧めで血液の凝固因子の第八因子を補う上海生物制品研究所(以下、上生研)の薬を使い始めた。昨年十一月、この薬でHIVに感染した人がいるとのうわさを聞き、検査を受けた。HIVとC型肝炎に感染していた。「薬が危ないなんて全く知らなかった」

 発症の疑いがあるか、本人も分からない。地元では病院にも行けない。閉鎖的な農村で感染が知れたら、親類中が“村八分”にされるのが分かっているからだ。知人の介添えで上海の病院を回るが、門前払い。「医師や看護婦が感染を怖がる。第一、金がない」。農民は、高額な医療費を前払いしないと入院はおろか、診察もしてもらえない。この三日間、血尿が止まらず家に帰ることもできない。

 病気が原因で離婚。きれいな洋服でおめかしした五歳の娘の写真をかばんから取り出し、「おれはここで死ぬのを待つだけだ。娘のことだけが心配で…」。後は言葉にならなかった。

 ■出荷20万本以上1万人が感染?

 中国の血友病の患者数や、そのうちHIVなどの感染者数は何人なのかなどははっきりしない。患者らでつくる中国血友病病友聯誼会の副会長、孔徳麟さん(41)によると、血友病患者は理論的には十万人ぐらいいてもおかしくないが、同会などが把握しているのは五千人ほど。上生研が生産した問題の薬は二十万本以上出荷されたという。孔さんは「一万人が感染した可能性もある」と話すが、確認したのは八十人足らずだ。

 八〇年代、米国や日本で非加熱製剤の使用によるHIV感染が発覚。米国ではいち早く非加熱製剤の使用を禁じ、加熱製剤の開発が進んだ。

 一方、中国では八〇年代後半から九〇年代にかけ、国産の血液製剤の大量生産を進める方針が打ち出された。国家直属の国有企業である上生研は、日本から中古の設備を導入し、本格的な非加熱製剤の生産を始めたらしい。当時、献血の習慣はほとんどなく、各地の製薬会社は売血で原料の血液を確保しようとした。標的になったのが貧しい河南省などの農村部。「血頭」と呼ばれる売買ブローカーが村人から一回五十元(約六百五十円)で採血した。年収数百元程度の彼らには願ってもない話。地元の役人たちも「村を豊かに」と飛びついたという。

 ■医師や研究者は知っていた疑い

 しかし採血用の注射器は使い回し、血液を集める容器や遠心分離機などの機械は十分な消毒もされなかったという。孔さんは「九三、九四年ごろにさまざまなウイルスが混入した」とみている。そのころ、河南省の幹部が同省で集めた血しょうを米国で売り込んだが、サンプルの大部分がHIVに汚染されていたという。中国国内でも同省の文楼村などにHIV感染がまん延していることが発覚し、「エイズ村」として一躍有名になった。

 孔さんは「医師や研究者は、国産の血液製剤が汚染された危険性を知っていた疑いがある」と話す。だが安全な加熱製剤への切り替えや使用者への警告はなかった。九五年七月、中国衛生省はようやく非加熱製剤の生産、販売、使用を禁じる通知を出した。しかし「上生研の薬は九七年ごろまで販売され続けた」と多くの患者が証言する。

 湖南省の康さん(41)は九一年、初めて上生研の薬を通信販売で買った。輸血の必要がなく、安価で保険のきく国産薬の登場は地方の血友病患者に朗報だった。九七年、上生研からの手紙で生産中止を知った。「理由は記されていなかった。薬が汚染されていたとは夢にも思わなかった」

 康さんは二〇〇〇年、C型肝炎の感染が判明。さらに、昨年二月、医師からHIV感染を告げられた。「地獄に突き落とされた気持ちだった」。九五年以降に出荷された薬で感染した可能性も捨てきれない。

 康さんは昨年六月、上生研を訪ねた。「うちの製品は安全」と言い張る会社側に、九五年の衛生省の文書と九五年以降の薬の領収書を見せると担当者は絶句した。過ちを文書で認めることや今後の治療費や賠償金などを求めたが、数日後、相手は「裁判にゆだねるべきだ」と回答してきた。

 七月には、上海市長寧区裁判所に提訴。同じ被害にあった地方の患者四人も原告に加えた。康さんによると、公判で、上生研側は加熱製剤を作らなかった理由を、「生産設備が高価だったため」と話したという。

 中国メディアの報道では、上海市で九八年、当時十三歳の血友病の少年がHIVとC型肝炎に感染、二年後、エイズで死亡した。母子感染や性交による感染の可能性はなく、医師が処方した国産薬か輸血以外に感染原因は考えられない。両親は製薬会社や病院を相手に訴訟を続けている。

 孔さんによると、現在、上海市の血友病患者でHIV感染が確認されているのは五十四人。共通点は、九四、九五年に上生研の薬を使い、全員がC型肝炎にも感染し、家族の中にHIV感染者がいないことだ。

 感染者の一部も上生研を相手に訴訟を起こしたが、一審は「原告、被告とも過失はないが、人道主義の観点から原告に十万元(約百三十万円)払え」という奇妙な判決。一方で、上海市当局などへのねばり強い働きかけで、上海市民に限って現在はエイズと血友病の無料治療と毎月千元(約一万三千円)の生活費補助が受けられる。

 康さんは「上海市は上生研の薬が感染原因だと事実上認めた。地方の患者にも同様の措置を取ってほしい」と訴えたが、上海市側は「自分たちの住む所の政府に訴えよ」と冷たい。

 ■「治療受けられぬ無数の人がいる」

 孔さんは「中国では非加熱製剤の禁止が他国より十年も遅れた。製薬会社と政府側の癒着ではないか」と指摘する。売血を使った薬は血友病治療薬だけではなく、薬害の被害は計り知れない。「政府は責任の所在を明らかにし、一刻も早く対策をとってほしい。この国にはHIVやC型肝炎の感染を知らない人、知っていても治療を受けられない人が無数にいる」と被害の拡大を警告する。
  (人名は一部、仮名)

 ◇中国のエイズ

 エイズが発生した1980年代から「資本主義社会の病気」といわれ、「国内に感染者はいない」とされたため、実態は不明だった。昨年秋、政府は世界保健機関(WHO)などと共同調査した結果、累計84万人(うち発症者8万人)と発表。しかし実際には、もっと多くの感染者がいるとの推計もある。


http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20040120/mng_____tokuho__000.shtml