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2004年01月01日(木) 00時00分

小泉語 官僚が答弁マニュアル 東京新聞

 「小泉語」にもやはり脚本があった。特報部が入手した内閣官房作成の“答弁マニュアル”には、首相が国会質問に答えるための演出がちりばめられていた。首相自身の言葉らしく聞こえるような工夫も。官僚のシナリオで踊る小泉首相は、イラクへの自衛隊派遣を「自分の言葉で」説明できるのか。 (蒲 敏哉)

 「国会答弁資料(対総理・対官房長官、対官房副長官)の作成について」。首相答弁のため、内閣官房総務官室が各省庁の情報を基に取りまとめた文書だ。

 文書では「総理答弁等にふさわしい格調高い表現としてください」と指示している。さて本会議・委員会共通用の留意点をみると。

 「質問の趣旨を適確に踏まえた簡潔な答弁とするよう…」「答弁は結論を先に述べるよう…」

 「『〜に資する』『適切に対応する』等の役人にしか分からない表現は答弁に使わないでください」「『積極的に推進する』等の抽象的な答弁に終わることなく、具体的な取組の例を答弁に盛り込んでください」

 本会議専用では「答弁漏れとの指摘を回避するため、答弁の冒頭に、『…についてのお尋ねでありました』あるいは『…との御指摘(御意見)でありました』というように質問のポイントを原則1〜2行以内で引用してください」「総理と各大臣に対する質問が重複することとなった場合は、総理答弁できちんと答え、各大臣の答弁は簡潔にする」「各大臣が総理答弁の内容を長々と繰り返すような答弁にならないよう、十分に留意してください」。

 文書の最終部分には「見本」まで添付されている。

 タイトルは「五月二十五日 衆・本会議 塩川鉄也君」。担当省庁は厚生労働省で協議先は経済産業省と記されている。提出期限は二十七時三十五分(午前三時三十五分)。

 この答弁資料は実際に二〇〇一年五月の衆院本会議で使用され、塩川議員(日本共産党)がリストラ問題に関連して小泉首相に質問している。

 見本は「解雇については…一律に規制することは適切ではないと考えております」と六行で首相答弁資料を記載。議事録をたどると、小泉首相は「解雇規制についてのお尋ねです」と断った上で「解雇については、…一律に規制することは適切ではないと考えております」と一言一句、この資料を踏み外さず答えている。

 省庁が用意した資料に基づく答弁について、同じ年の十一月に開かれた衆参合同の国家基本政策委員会で、小沢一郎自由党党首(現民主党代表代行)が小泉首相に対し「官僚の答弁が横行している。というよりは、むしろそれに依存しているということではないか」と批判した。

 小泉首相は「私の棒読み答弁を批判しているけれども、質問の棒読みが多いんだから、棒読み質問は良くて棒読み答弁はいかぬというのはどうですか」と反論している。

■準備なしで即答難しい

 「文書は議員の方からあらかじめ聞き取った質問内容に、総理が適切にお答えできるよう各省庁に連絡している。かなり昔から存在したが、いつからかは特定できない。ただ、こういうものがないと、何でもかんでもぱっと答えられない」

 国会議事堂二階にある内閣官房総務官室の担当者は、文書の存在を認めた上で説明する。同室は首相を補佐し機密を管理する。職員は内閣府を軸に各省庁からの出向者で構成される。

 通常国会の会期は百五十日間だ。首相、官房長官は、本会議や委員会に出席し議員から質問を受ける。

 担当者は「議員の質問項目が発表されると、該当する各省庁の質問取り要員が議員にアタックし、詳細な聞き取りをする。それに基づき官庁側で答えを書く。そうしないと膨大な国会質疑なんて成り立たない」と強調する。

■書式や時間詳細に指定

 それにしても文書に出てくる「総理答弁にふさわしい格調高い表現」とは。

 担当者は「しゃくし定規な役所言葉じゃだめ。政治家っぽい言葉遣いにしたい。総理答弁なんだから、大きなテーマや方針を念頭に置いて書いてほしいということ」と明かす。

 文書では、「答弁資料を七行以内とする」「総務官室への提出は、三時間以内を厳守する」と定める。担当者は「書式や時間を設定しないと時間がずるずると過ぎる。新聞の世論調査だって書式がある。決めないと事務処理が進まないでしょ」と説明する。

 マニュアルに対する官僚たちの受け止めは。

 官僚の一人は「総務官室から議員質問の割り振り表が発表され、担当だと分かると『当たってしまった。今晩も遅くなる』が正直な気持ち。総理用答弁は、合議(あいぎ)といい、各省庁との協議が必要で、電話やファクスのやりとりで、深夜まで一言一句ひねりまわす」と打ち明ける。

 さらに「役人の基本的発想として一回一回、オリジナルの答弁資料をつくるのは大変だから、以前の議事録を見ながら、同じ言い回しを使う。後はテレビなどで総理が断言しているところがあれば、断定調に書くなど微調整をする程度」と裏技を披露する。

 その上で「そういう答弁資料を書いていて、自分が総理になったような高揚した気分とまではいかないが、シナリオライターになった気にはなる。『総理が答えるほど世の中が注目している仕事をしているんだ』という充実感だ」とも。

 別の官僚は「官邸には歴代総理の癖を熟知した黒子のような秘書官がいて、答弁資料を持っていくと『総理はこうは言わない』とさらさらっと直す。一番手が入ったのは橋本龍太郎元首相のときかな」と言いながら「小泉首相の場合も『骨太の方針』なんて竹中さん(金融・経済財政担当相)の言葉ですよ」という。

■『見本』議員驚きと嘆き

 「見本」として取り上げられた塩川議員は「えっ、本当ですか」とびっくりする。「私に答弁した小泉さんはパフォーマンスもなく、ひたすら書類を読んでいた。国民に届くメッセージ性のかけらもなかった。官僚にはそれがまさに見本として望ましいということなのでしょう」

 憲法学者の奥平康弘東京大学名誉教授は、文書の存在に「総理大臣を支える官僚が、間違いがない、批判されないような行政を考えた末、生まれたものだろう。こうした姿勢は明治維新後に官僚制度ができて以来、営々として進んできたものだが、この文書は度が過ぎている」としながら指摘する。

 「民主主義とは、人と人の言葉のキャッチボールからはぐくまれる。それが現実は、霞が関の役人たちが首相答弁をつくり、文章を抽象化し無味乾燥なものに仕立てあげている。小泉答弁のほとんどが棒読みといわれるのはそれが原因だ。政治主導を目指して、副大臣や政務官が誕生したが、いまだに官僚主導は改善されていない」


http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20040101/mng_____tokuho__000.shtml